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鬼塚鉄也編7-2
かける言葉を失って、優子は空を見上げた。どんよりと暗い顔をした鉄也に似つかない晴れやかな青空がそこにある。
深呼吸し、再度鉄也と向き合った。
「……司さんの時もそうだったけれど、私、いまとっても楽しいよ。てっちゃんもいつか、そんな風に素敵な出会いができたら良いなって、本気でそう思ってる。……私ね、てっちゃんのこと大好きよ。だからてっちゃんには笑っていてほしい。誰よりも幸せになってほしいの」
憂鬱な鉄也に向けられる、純粋無垢な笑顔。キラキラと輝くような彼女の澄んだ瞳は、今の鉄也にはあまりにも眩しすぎた。
鉄也の控えめな喉仏が上下し、ゴクリと唾を呑む。
「優子ちゃん……あの……その、学園長先生のことについて、なんだけど……」
「え? なぁに?」
「僕も……学園長先生が…………す……す……好き、なんだっ……! 最近いろいろ……悩んでるのも、そのせいだから……。もう、お願いだから放っておいて……」
裏切りの言葉をどうにか絞り出しながら、鉄也の膝の上では握り締めた拳が震えている。
突然の告白にはさすがの優子も驚いた様子だったが、次の拍子にはその手をまるで女神のように優しく包み込んだ。
「恋煩いだったのっ!? ごめんなさい、私っ、何も知らなくって……! はあぁ、良かった……それならもう素敵な方には出会えていた、ってことだものね? うふふ、そっか……てっちゃんが恋のライバルなんだぁ……」
優子はそう言ってくすっと微笑んだ。特に同性愛への偏見もないようだ。互いの好みの一致に、余計に友情さえ感じる始末である。心の底から友である鉄也の恋をも応援していた。
どこまでも淑やかで、それ故に鈍い優子。恋人であったはずの神嶽に裏切られ、そして見ず知らずの男に汚されてしまった鉄也とは比べようもないほどに清らかな女。名は体を表すというが、その優しさは時に残酷だ。
鉄也は堰を切ったように彼女の手を振り払い、立ち上がった。
「違うよっ! ライバルなんかじゃない! 修介さんは僕のものなのっ! 優子ちゃんになんか絶対渡さないっ!」
「て……てっちゃん……っ? どうしちゃったのっ? あなた……学園長先生のことを、そこまで……?」
「僕から修介さんを奪おうとする優子ちゃんなんか、嫌いっ……大っ嫌いっ! 絶交だ!」
大人しい鉄也が、葛藤を押し殺して叫ぶ。友情に亀裂を生む決定的な言葉。加えてその声量は、やはり鉄也も男だ、か弱い女を威圧するには十分な迫力があった。
一瞬、何を言われたのかわからない優子の顔が、理解が追い付くにつれて悲しそうに歪み、ぽろぽろと涙が溢れてきた。
「……ひっ、酷い……そこまで言わなくったって……。てっちゃん……私、あなたのこと、親友だと思ってたのに……ううっ……」
理事長の愛娘として、兄の隼人と共に守られ大事に育てられてきた彼女は、こんな風に他人に否定されることに慣れていないだろう。
しかし、彼女とは違うベクトルで絶望を味わった鉄也の良心もまた悲鳴を上げていた。
両手で顔を覆い隠してしまう優子を一人残して、鉄也は逃げるように屋上を後にする。
階段を駆け下りた先の廊下に、神嶽は待っていた。鉄也が何より愛しく思っていた善良な学園長ではない、まるで一切の感情を知らないような顔をした男である。
鉄也は迷いなくその胸に飛び込むと、やり場のない罪悪感をぶつけるように彼の胸板を叩いた。
「……あなたの言う通りっ……優子ちゃんとも……さ……さよなら……しました」
そう、鉄也は神嶽の命令を渋々呑んだだけだ。『今後友人との付き合いを一切禁じる』との命令を。
それとなく友人らと距離を取り始め、好きだった部活すらも辞めてしまった鉄也に対し、事情を知らない優子はただ一人、変わらない態度で接してくれていた。それがかえって迷惑になっているとも知らずに。
しかし鉄也も彼女の存在は救いでもあった。
劣等感ばかりの日常から拾い上げてくれたはずの恋人の豹変に、激しく動揺し、気持ちを整理する時間も与えられないまま性暴力を強いられた鉄也。
神嶽と出会う前よりも、更にひどく落ち込む自分にもまだ、無償の感情を向けてくれる人間がいることは素直に嬉しかった。
なのに、神嶽は彼から僅かな希望すら取り上げたのだ。
こうして真正面から突き放すことで、優子は鉄也のような目に遭わずに済む。だが、代わりに鉄也は大事なものを失ってしまった。
彼女はこれからも続く平穏な学園生活を、鉄也の決断がもたらしてくれたものとは考えもせず、当たり前のものとして生きていく。皮肉なものだ。
神嶽は深い悲しみに力の抜けた鉄也の腕を掴むと、強引に学園長室に連れ込んだ。
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