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鬼塚鉄也編8-1 ※いじめ描写

「ほんっと最悪だなお前!」  女子生徒の苛ついた金切り声が放課後の教室に響き渡る。  鉄也が属するクラスでは、いつもの仲良しグループが竦み上がる鉄也をぐるっと取り囲み、壁に押しやっていた。  怒りに満ち溢れていたり、呆れていたり、冷静に見つめていたり、その表情は様々だ。 「優子ちゃん泣かせといてよくしれっと学園にいられるよなぁ! どういう根性してるわけ!?」 「ち、違うのっ、お願い僕の話を聞いてっ……あれは……が、学園長先生が……」 「はぁ!? 学園長先生のせいにまですんのかよ!? 何こいつ……信っじらんない」 「頭がおかしいんじゃない? いったーい勘違いのオカマちゃんだもんね、てっちゃん?」  神嶽の命令で優子との友人関係を絶たれた鉄也には、更なる悲劇が待ち受けていた。  同じ男を好きになったせいで鉄也に絶交されたという、彼女が悪気なく他の友人に漏らした話は瞬く間に学園中に広がることになってしまった。  優子は理事長の愛娘ということもあるが、可憐な顔立ち、豊満なスタイル、それに箱入りのお嬢様らしくおっとりとした性格を兼ね備え、正に学園のアイドルのような存在である。  ただでさえ司の件で傷心し、ようやく元気を取り戻してきた優子であったのに──普段から彼女と仲の良い女、彼女を恋い慕う男達からは、次々にそんな同情が寄せられた。  そして皆の怒りは、同じようなことでも強い立場の司とは違い、どちらかといえば厄介者であった鉄也に全ての矛先が向いてしまう。  まず始まったのは集団無視。次に遠回しの嫌がらせ。果てはこうして顔を合わせての言葉の暴力──。  特に鉄也が仲良くしていると思っていた女子らが率先していじめをするようになった時の鉄也の絶望はあまりに深いものだった。 「そんな言い方……ひ、ひどいよぉっ……みんなっ、あの時は僕の話、聞いてくれたのにっ……」 「だって、聞いてるぶんには面白いしぃ」 「つーか、マジになっちゃうとかありえないんだけど! 男同士だろ! 学園長先生は優しいからはっきり断れなかったんだろうけどさぁ、迷惑してるに決まってんだろ、このカマ野郎! 優子ちゃんに土下座して謝れよ!」  友人を捨ててまで禁断の恋に走った人間だと、白い目で見られるだけならまだマシだった。だがこのような扱いを受けるようになるとは、とんだ災難だ。  男の嫉妬も嫌なものだが、女の仲間意識というのもこう悪い方に向くと害悪でしかない。  怯える鉄也の姿は、リーダー格の女子のサディスティックな部分すら刺激してしまうようだ。  彼女は不敵に笑うと、普段周りの大人達にさも自分はか弱い女なのだと主張するような猫なで声を出す。 「ねーえてっちゃん、学園長先生のことなんて忘れさせてあげよっか? 私の知り合いにね、てっちゃんみたいな可愛い男の子がだぁいすきなおじさまがいるの。ちょっと一緒にホテルに行ってくれたら、お小遣いいっぱいくれるって」 「きゃははっ、何それキッモ! つかそれエンコー?」 「もー、あんまり大きい声で言わないの」 「あは……。そ、それって……さすがにさ……ヤバくない……?」 「ばれなきゃ犯罪じゃありませーん。でしょ? ね、てっちゃんどうするぅ?」 「ひぃっ……!? ご、ごめんなさいごめんなさいっ! それだけは許してくださいぃぃ……っ!」  かつての友人の悪魔のような囁きに、鉄也は泣きながら土下座する。クラブで理不尽な目に遭った鉄也には、それが冗談だとも思えなかった。  床に頭を擦り付け、嘲笑われ蹴られても、必死に謝罪の言葉を口にしながら、ただただその地獄の時間が過ぎるのを待つことしかできなかった。  女子達の短気が収束し、ようやく解放された鉄也は自らも帰路につくため、なんとか帰り支度をして廊下に出た。  ふらつく足で階段を降りたところで、「鬼塚」と呼び止められ顔を上げると、同じく生徒会で遅くなったのであろう司が訝しげに彼の顔を見つめていた。  司は相変わらず、鉄也とは対照的な凛とした男子である。全てが違う眩しい存在の彼を前にしては、鉄也は目を合わせることができない。 「……元気がないな。良くない噂を耳にしたが、それが原因か?」  鉄也と優子の噂は、司の元にも真っ先に届いていた。それだけが原因という訳でもないが、鉄也は俯いたまま何も答えることができない。  全ては神嶽が引き金であるとは、到底言えるはずもない。だからと言っていじめの方を告白しようにも、更に激化してしまう懸念もある。  逃れられない悪夢の狭間で揺れる。だが、鉄也は彼だけには、SOSを気付いてもらえるのではと淡い期待を寄せていた。一方的にであっても、唯一普通に話せる同級生、頼れる生徒会長である。  司もまた、鉄也の暗い顔を見て、かけるべき言葉を思案する。 「……お前が誰を好きになろうが、誰と喧嘩しようが、正直あまり興味がない。だが……私は、生徒会長として、学園の風紀が乱れることだけは避けたい。それはわかるな?」 「……う、うん……」 「なら良かった。一生に一度きりの学園生活だ、人に迷惑をかけないのであれば、その……恋でも何でも好きなだけすればいいと思うぞ。周りの言うことなどあまり気にするな」  司なりに、元気付けようとする言葉。しかしそれは、今の鉄也にとっては突き放す凶器となってしまった。  鉄也は無我夢中で駆け出していた。引き止めようとする司の声ももう聞こえない。  ただ一人、心の底から信頼していた神嶽に裏切られ、追い詰められ、行き場を失っていた鉄也には、司の優しさは微塵も心に届くことはなかった。

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