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鬼塚鉄也編9-1 ※女装

 信号の色が青に変わり、足止めを食っていた人々が一斉に歩き出す。  鉄也は一人、休日の繁華街に立っている。だが、その姿は普段の鉄也とはかけ離れたものだった。  ロングヘアのウィッグを被り、花柄のシフォンワンピースに身を包んでいる。パンプスを履くその足は、ムダ毛がないだけでここまで美しいかというほどに、ほっそりとした色白だ。それに加え、顔にもナチュラルな女性らしい化粧が施されている。  元々、雄々しいとは言いがたい柔らかな顔立ちをしていた鉄也に、今の上品な格好はとても良く似合っていた。 (も……恥ずかしいっ、これやだっ、お股がスースーする……毛だって全部剃られちゃったし……女の子っていつもこんな感じなのかな……) 「し、修介さんっ……やっぱり、こんなの耐えられない……っ」  慣れない服装にもじもじと足をくねらせ、羞恥に震える声で訴える鉄也。  神嶽と鉄也は、互いにインカムを装着していた。小型のそれは無線で繋がっており、離れていてもこれで会話が可能だ。  神嶽は鉄也側から自分の姿が見えない程度の距離を保ち、鉄也を監視している。  愛らしい顔をしているとはいえ、鉄也はやはり男なのだ。身長は女にしては高く、体つきも角張っている。動きもいささかぎこちない。  更には神嶽を探して辺りをきょろきょろと見回しているものだから、一見すると挙動不審だ。人混みの中でも目立つ要素は十分にあった。  神嶽は今日、鉄也を次のステップに進める為に外へ連れ出したのだった。  女装をした鉄也に行きずりの男を誘わせ、その男に性的奉仕を行わせる。クラブの商品としての生き方を、存在価値をその身に教えてやるのだ。  神嶽が事前によく話をしておいたものの、やはり鉄也の戸惑いは大きい。  女装をするにあたって再びクラブスタッフに毛を剃られている間も、鉄也は屈辱と、今日の目的への不安に身を震わせていた。  覗き込みさえしなければ見えやしないというのに、鉄也は裾を両手で押さえ、道の真ん中に突っ立っていることしかできないでいる。 『いつまでそうしている気だ。お前のやるべきことは他にあるだろう』 「で、でも……」 『自分で決められないと言うのなら俺が決めてやる』 「えっ……!?」  神嶽の突然の提案に、たちまち鉄也の声は恐怖に染まった。 『……そうだな……お前から見て右手の雑居ビルの前に、作業服を着たデブオヤジがいるだろう。そいつにしろ』  あたかもその場で適当に選んだような口調で神嶽が言い放つ。  神嶽が指定した男は一般人に扮したクラブ会員なのだが、鉄也に真実を知る術はない。 (なっ……あ、あの人……? でも、毛は濃いしお腹もあんなに出て……顔も、なんだか気持ち悪い……僕、あんな人の相手をしなくちゃいけないの……?)  外見からして醜い男の相手をさせる。これは鉄也にどんな人間にも服従する精神を養う試練なのだ。 「……や、嫌です、修介さんっ」 『お前に相手を選ぶ権利はない。どんな者にも誠心誠意仕えろ。それが奉仕奴隷だ』 (奉仕……奴隷だなんて……。僕は、そんなのとは違う……) 『どうしても嫌だと言うのなら、俺はお前を捨てる。クラブでお前に欲情していた男達を見ただろう。あそこに放り込んでやるまでだ。俺にとってはその方が楽でいいな』 「う、うぅっ……そんな……」 『それに、お前の居場所を守ってやったのは誰だと思っている』 「…………」  その言葉に、鉄也は何も言えなくなってしまう。  鉄也をいじめていた女子達の行為は、翌日にはぱったりと止んでいた。  彼女達にはそれぞれ未成年による飲酒や喫煙、売春などの非行に走っている事実をクラブを介して脅迫している。  正体不明のストーカーがいつ目の前に現れ犯されるか怯えながら生活せざるを得なくなった彼女達は、もう鉄也どころではないのだ。  クラスメイト達も強い立場の者を失っては、彼女らに代わって鉄也にちょっかいをかけるほどの気もなく、自然の流れで関心も薄れていった。  もちろん、それが全て神嶽の差し金であるということは条件を呑んだ鉄也がわからないはずもなく、神嶽の実行力を見せつけられただけであった。 『鉄也。今すぐ俺の元へ戻って来ても良い。ただその瞬間、お前の全てが終わるだけだ』 「わ、わかった! わかりました……今から……さ、誘う……から……怖いこと言わないでぇっ……」  鉄也は既に涙目だ。指定された男を改めて見る。  先日は目隠しをされていたぶん会員達の顔を見ずに済んだだけまだマシであったが、今回ばかりはそうはいかない。また神嶽以外の人間に抱かれる現実を直視せねばならないのだ。  鉄也はその場で深呼吸し、男に向かって歩き出した。

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