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鬼塚鉄也編BAD-1 ※IF
「修介さん」
昼休みの学園長室にやって来た鉄也の足取りは軽かった。
「あのね修介さん、今日もお弁当作って来たんです」
鉄也はころころと嬉しそうに笑いながら、無感情の目を向ける神嶽にキャラクターものの柄が入った弁当袋を見せつけた。
“今日も”とは言っているが、鉄也がこうして神嶽に手作り弁当を持参して来るのは、無論、神嶽が善良な学園長を演じていた頃ぶりだ。
傍から見れば、完全に狂ってしまったかのような鉄也。
しかしその顔色は悪いままだ。まるで糸で吊ったかのように口元だけが上がり、瞳の奥までは笑えていない。無理をしていることは明白であった。
あの公衆便所での輪姦劇から、鉄也は日常生活でも奇行が目立つようになっていた。
鉄也の中で何か決定的なものが壊れ、あまりに辛い現実から逃避をしているのだ。
何かおかしい、気持ちが悪い、鉄也とすれ違う生徒はひそひそと噂話をし、学園内でもそんな風に風紀を乱しかねない彼の言動には、恐怖すら感じる者も出てきたようだ。
そういった空気の中でも、鉄也は表面上はこの態度であるから、周りにはさぞかし異様に映って見えることだろう。
「ねえ見てください、この出し巻き卵、修介さんが美味しいって言ってくれたから、もっとふわふわにできるように頑張ったんです。我ながらすごく上手くいったと思うから、早く食べて欲しくって」
神嶽がまだ何も言わぬ内から弁当箱を勝手にデスクに広げ、箸を差し出している。
だが、その中身はところどころが焦げているし形も悪く、とても食欲をそそるようには見えない。以前の鉄也ではありえない失敗である。
得意なことすらもうろくにできないほどに判断力も鈍ってしまったらしい。
「……あれ? 食べてくれないんですか? ……あ、そっかぁ、僕に食べさせて欲しいって言うんですね? もう、修介さんってば仕方のない人ですね。えへへ、でもいいですよ。はいっ、あーん」
鉄也は神嶽が無言でいるのを自分の都合の良いように解釈しながら、片手で弁当箱を持ち、薄汚れた卵を箸でつまんで神嶽の顔の前に持ってきた。
神嶽はその細い手首を思い切り掴み上げた。はずみで弁当箱はひっくり返り、鉄也がせっかく作った中身は無残にも全てデスクの上にこぼれ落ちてしまった。
その光景を鉄也は感情が追いつかないような目で淡々と追う。
「こんな真似をする為に来た訳ではないだろう」
ギリギリと強く締め上げると、鉄也の不自然にへらへらとしていた顔がだんだん強張っていき、「痛い」と正直に呟いた。
戒めから解放されると、鉄也は出会った頃のような憂鬱な表情になって、黙々と散らばったものを拾い集め始めた。
俯いてしまった鉄也の顔は真夏だというのに青ざめている。
震える唇が動き、鉄也はぽつぽつと悲愴な想いを吐露し始める。
「ねえ修介さん……僕たちはもう……あの頃には戻れないんですか?」
「ああ」
「本当に……二度と……」
「そうだ」
「…………」
もはや聴き慣れてしまった刺々しい口調の神嶽に、鉄也は黙りこくった。
どれだけ待ってももう神嶽の口から鉄也の求める言葉が紡がれることはない。
鉄也は唇を噛み、握り拳をつくって顔を上げる。
何か重大な決意をしたような面持ちだった。
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