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鬼塚鉄也編BAD-4 ※IF、流血

 これだけの深手を負っていながら、神嶽は息を乱していない。  苦痛に顔を歪め、身悶えることも。握り締めた彼の手から体温が失われていく予感すら、ない。  彼はおぞましいほど生気に満ち溢れている。 (う、嘘……どうして……な、なんで……僕……いま、修介さんを殺し……あ、あぁ……)  そんな神嶽の態度が錯乱状態の鉄也に冷静な思考を取り戻させる。  なぜ、どうして、彼は、死なないのか。  ここまで来てしまった以上、鉄也の短い人生は、愛しい男を殺して自身も後追い自殺をするという悲恋物語で幕を閉じる計画だったはずなのに。  そしてあろうことか包丁を自らの手で引き抜き始めた神嶽の行動に、鉄也は化け物を前にしたかのような恐怖に身動きができなくなった。  神嶽の腹に埋まっていた銀色の刃の全貌が再び鉄也の前に姿を現すと、噴き出した返り血がビシャリと鉄也を襲い、遂に彼の口から戦慄の絶叫が迸る。 「ひぃいいいっ……!? し、修介さ、あぁぁ……あなたは……い、いったい……」  答えが返ってくる間もなく、次の瞬間、クラブスタッフ達が一斉に部屋に入って来た。 「だ、誰っ!? いやぁっ、やめてぇええっ! 離しっ……あぐっ!?」  配送業者を装ったスタッフが鉄也を羽交い締めにして引き離し、特殊な薬品を染み込ませたタオルを嗅がせて気絶させた。  がっくりと力の抜けた鉄也は身体を折り曲げるようにして縛られ、目隠しと猿轡をされて、大きな段ボールの中に詰め込まれた。  鉄也はこのまま学園長室を出、クラブに運ばれていくことになる。 「神嶽様!?」  その傍ら、鷲尾がぎょっとして神嶽の元へ駆け寄った。  クラブでは支配人という立場にいる、現在の主とも呼べる男が上体を起こして立て膝をつき、下腹部から溢れる己の血を平然と眺めている。  理性を失っていた鉄也や、近くに落ちている包丁からも、ここで何が起きたかは一目瞭然であったが、それは彼らにとって想定外の事態だ。  鉄也をクラブへ納品する為、今日この時間に迎えに来いと神嶽から命令を下されていたスタッフ達。  自分達が近くに居ながら、まさか間に合わなかったのか。  その仕事柄、常に危険と隣り合わせとはいえ、ここで神嶽に死なれるのは、クラブにとってあまりにも不利益だ。  神嶽が心配だからというよりそうした損得感情を優先した鷲尾も、冷や汗を滲ませて止血を図ろうとした。  だが、神嶽はその手を制し、冷静に首を横に振った。 「俺は問題ない。それより鉄也だ。秘密裏にクラブに連れ出しておけ」 「は、はい……ですが……ああ、神嶽様。お願いですから手当をさせてください、無茶にもほどがあります」  信じられなさそうに言う鷲尾を一瞥しつつも、神嶽は何事もなかったかのように起き上がった。  そうして多量の血液がついてしまった服を脱ぎ、持って来させていた替えの仕事着を催促して、新品のそれに着替える。  絨毯に染み付いた血痕もじきに掃除され、今日ここであったことは全て無かったものとなる。  出血の量からしても本来、深い刺し傷があるはずの肌が傷一つない綺麗なままである状態を見て、鷲尾は怪訝に首を傾げつつも、ようやく神嶽が痛くも痒くもないといったような様子であることに合点がいったようだ。  包丁を回収しながら、「なぁんだ」と言わんばかりにため息をついて笑った。 「……彼の精神はもう限界でしたか。あれを見越して偽物にすり替えていたのですね? もう、私共まで驚かせないでください。何にせよあなたがご無事で良かっ────あいてっ」  軽い気持ちで刃に触れた鷲尾の指が切れ、ぷっくらと血豆ができる。  滴り落ちる鮮血と、血塗れの凶器と、神嶽。  それらに視線を散らし──いつでもひょうひょうとしていた鷲尾の顔から笑みが消えた。 「鉄也だが、調教はクラブに持ち越しだ。勢い余って俺にしたように会員共の手を噛んでは都合が悪い。改めて教育してやらねばならんな」 「…………承知、致しました」  なぜ、オーナーがどこの馬の骨ともわからぬ彼に執着するのか。  鷲尾はそこで、謎の多い彼の知ってはならない一面を垣間見た気がした。

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