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鬼塚鉄也編END-1
「おう、怜仁。ちょっといいか」
広間にて古参会員の一人である老人に声を掛けられ、鷲尾はいつ何時も変わらない微笑みを貼り付けて歩みを止めた。
「これはこれは、六代目。ようこそおいでくださいました」
「ああ挨拶はいい、さっきオーナーにも顔を出して来た。と言っても、一言二言話した程度だがな。まったく、いつ死んでもおかしくない歳だというのに精が出ることだ」
その場に恭しく跪いて頭を下げる鷲尾を軽くあしらうのは、堅気であれば身が竦んでしまうほどの圧倒的な威圧感を纏った、古希を迎えた男。
オーナーの長年の友人でもあり、蓮見の実の祖父。黒瀧組という巨大な暴力組織を取り仕切る組長、蓮見龍信 その人である。
「それは失礼を致しました。相変わらず一度没頭すると日常生活もままならないものですから、私も困っているんですよ」
「なんだ、まだそんな子供じみた爺さんなのか? まあ、何も変わっていなくて安心したとも言えるがな。しかし今度の実験台は恭一もずいぶん目を掛けていると聞いた。今日はあいつも手伝うのだろう」
「はい。それでは、本日はお孫さんの様子をご覧に?」
「それもある。あれと義之の火遊びを今まで黙認して来たのは俺だ。近い将来、組も、このクラブも、世代交代のことを考えて見定めておこうと思ってな。だが……正直に言えば、俺も好奇心の方が勝ったというところだ」
「ふふ、左様でございますか」
今宵予定している宴は、準備期間に十ヶ月の時を要した特別なプログラムだ。
事前にパンフレットでその概要を読んでいる会員らも既に興奮を隠せない様子である。
オーナーの残虐な人体実験をも散々に見てきた組長がこうしてわざわざ足を運んでいるというだけで、宴への期待値が高いことを示している。
「……それにしても、支配人の姿が見えないな。あの男とはもう少し込み入った話もしてみたかったのだが。彼も立ち会うのか?」
「私からはお答えしかねます」
「ほう? 今日の宴はあの男にとっても大切なものと思っていたが……ううむ、オーナーと言いこのクラブの人間の考えることはわからんな……」
鉄也をオーナーらに託してから、神嶽は早速次の仕事に取り掛かり、忽然と姿を消していた。
多くの犠牲を残しながら、自らは誰にも気付かれぬうちに。まるで嵐のような男だ。
その動向は、鷲尾を含めたスタッフにも知らされていない。
オーナーは「その方が都合のいい仕事だ」と笑うのみで、どうにも明確な答えは返って来なかった。
しかしそれでも問題はないだろうと鷲尾はごく楽観的に考えていた。
明皇学園での神嶽の仕事は終わった。だからこれ以上鉄也に関わる義理はない。
オーナーも今夜この宴が終わればただひたすらに研究を突き詰める隠居生活が待っている。
こちらから何もアクションを起こさずとも、きっと、どこかで見ている。
そこで何か面白いことを考えつけばまた戻ってくるなり、遠回しに命令を下すなりしてくれるだろう。
正体不明の彼がこのクラブで支配人としての地位と権力を手に入れたのも、全ては気紛れなオーナーのせいであったし、何より不思議と、神嶽はそういう男だと納得してしまえる節がある。
まったくもって根拠はないのだが、これが彼のカリスマ性というやつなのだろうか。そう思ってしまった以上は、鷲尾もなるようになれと願うしかない。
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