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如月司編1-1
律儀に誰よりも早く登校し、昇降口で靴から上履きに履き替えようとしていた司は、その中に入っているものに変化があるなど微塵も考えずに、下駄箱を開けた。
真っ先に、立てかけるようにして置いてある茶封筒が目に付く。ラブレターの類が入っていることは日常茶飯事だったが、司はどうせ今回もそれだろうと、軽い気持ちで手に取った。
不思議なことに、宛名はない。差出人が特定できるようなヒントもない。
しかしそこにはパソコンで打たれた機械的な文字で、『お前の全てを知っている』と印刷されていた。
「っ……!?」
司が思わず息を呑む。封筒の中には、数枚のコピー用紙があった。
そこに書かれていたのは、司にとって人生を狂わしかねない残酷な作り話。
硬直する司をしばし観察していた神嶽は、司の元へ歩み寄っていく。
「如月くん、おはよう」
背後から声をかけられ、司は慌てて振り返った。封筒を持っていた手を咄嗟に後ろへ回し、神嶽に隠すようにして。
「おや? どうした? 何かあったのか?」
「い、いえ……別に」
(なんだこれは……!? 一体、誰がこんな真似を……っ。……いや、待て、落ち着け……私が冷静にならないでどうするんだ……)
気まずそうに視線を逸らした司は、困惑する気持ちを必死に押さえつけようとしているが、その焦りは隠しきれていない。
「今日は、顔色が優れないようだね。あまり無理はしないように」
「……はい。ありがとうございます、学園長先生」
(学園長に心配されるなんて、私はそんなにわかりやすい顔を……。こんなことでは駄目だ……とにかく今は、一人になりたい……)
司はじっとしていられないとでも言うように、急いで上履きに履き替えると、早足で教室への階段を登って行った。
きっとこの後は、突如自分を襲った危機について、トイレにでもこもって打開策を捻ろうとすることだろう。
司の背を見つめる神嶽は、何を思っているのだろうか、僅かに目を細めていた。
その日の深夜、司は自宅から少し離れた公園に赴いた。
司の視線の先には、切れかかった外灯のそばにぽつんと立つ、一人の男。司は意を決したように一息ついて踏み出した。
「来たか」
点滅する外灯に照らされて見えた顔は、神嶽だった。予想外の人物を前にして、司は警戒を強くする。
だが、取り乱すことはなく、少し目を見開かせた程度で、司はいたって冷静だった。
無能な生徒達とは違い、そう簡単に神嶽を信用しなかったことがここで活きるとは、何とも皮肉である。
「一人だろうな」
「…………ああ。そういう約束だったからな」
神嶽が辺りを見回してみるが、疑わしき車両や人影はない。
(この私が本当に一人で来るとでも思ったのか? ふん、馬鹿な奴だ)
司は無言のまま、心の中で詰めの甘い脅迫者を嘲笑う。しかしそれも神嶽の前では無駄な努力だ。神嶽もまた、一人ではないのだから。
用心深い司の性格上、いくら脅されようとも一人で来るようなことはないと踏んでいたのだ。
司の連れは、神嶽が事前に待機させておいたクラブスタッフたちの餌食になっていることだろう。
司の考えなどまったく気付かない振りをして、神嶽は言う。
「資料は見たな」
「……お前」
司が神嶽の双眸を睨む。きつい軽蔑の目だ。
「如月家の不正をどこで知った。なぜ、こんな脅迫をする?」
「お前を生贄に選んだからだ」
「……生贄……? 何を訳のわからないことを……答えになっていないぞ」
「お前の質問には答えた。次はお前の番だ。資料は見たな、と言っている」
「…………ああ。お前にご丁寧に指摘されるまで、私も知らなかった。だが……確かにそれは、事実だった」
司は視線を逸らし、吐き捨てるように言って唇を噛んだ。
如月家の不正などという情報のほとんどはクラブによるフェイクだったが、司ごときがどこまで調べても、彼にとって信じがたいことが明らかになるだけだ。
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