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如月司編3-1
朝を迎え、司はあんな目に遭ったばかりだというのに、生真面目に登校して来ていた。
逃げ出すような真似をしては、神嶽に臆したと思われてしまう。それが司には屈辱である。それに、神嶽に聞きたいことも山ほどあったからだ。
何事もなかったかのように今日も生徒達と楽しそうに談笑する神嶽を見つけると、司は話があると言って神嶽を連れ出した。自身の立場をわきまえている司らしく、公然の場で声を荒げるというようなことはなかった。
淡々とした態度で神嶽と共に学園長室へ向かい、二人きりになったところで、先に口を開いたのは意外にも神嶽の方だった。
「質問は一つしか認めない」
嫌というほど問い詰めてやろうとしていたのを見透かされ、司は一瞬、面食らったような顔をした。
あの地下施設のこと。男達のこと。神嶽自身のこと。人を脅してまであのような狂った行為をする理由。
たくさんの疑問がある中で、少し考えて、最優先に聞いておきたいことを、司は怒りを抑えた声で絞り出した。
「…………私の連れをどうした」
「何のことだか」
「とぼけるな。私の運転手だ。お前が知らないはずがないだろう」
司がクラブから解放されてからも連絡がつかず、朝になっても帰るどころか、突然辞職を希望する置き手紙を残して消えた運転手。
司が幼少の頃からの付き合いで、側近とも言える存在。如月家からの信頼も厚く、実に真面目な男だった。
自ら失踪する可能性など限りなくゼロに等しい彼がいなくなったとなれば、真っ先に神嶽らの仕業だと考えて当然だ。
「どうだかな。……しかし不思議な話もあるものだ。確かお前は一人だったのではなかったのか」
「そ、それは……」
(やってしまった……こいつならシラを切るとわかりきっていたのに……)
司は思わず言葉に詰まった。信用のおける人間を失って冷静さを欠いていたこともあるが、元から勉強はできてもずいぶん馬鹿正直のようである。
「俺はお前に一人で来いと命令した。今お前がこうしてここにいるのも俺が約束を守ってやっているおかげだと言うのに、お前ときたらとんだ嘘つきだな。嘘をつくような悪い子には相応の罰を与えねばならない」
「……罰……まさか、またあんなことをする気なのか……」
「頭の良い司お坊っちゃまのことだ。拒否権はないことくらい、わかっているだろう」
神嶽の鋭い双眸にじっと見つめられ、司は黙ってしまった。
見ず知らずの場所で男達に身体を弄ばれ、何かあった時の為に助けを呼べるよう連れていた人間まで忽然と消えて、司の身には一夜にして信じられないことが起きすぎた。
その顔色は悪く、家に戻った後も眠れない夜を過ごしたのだとわかる。
「ああ……私は逃げも隠れもしない。だから……これだけは教えてくれ。運転手は……平井は、無事なのか……?」
「お前の周囲の人間もまた、お前の態度にかかっているとだけ言っておこう」
(人質をとって従わせようという魂胆か……どこまでも下衆な男め……。でも、この口ぶりでは、平井はきっと生きているんだな……。昨夜は想定外のことに恥を晒してしまったが、きっと大丈夫……あのくらい耐えられる。私は如月司。将来如月家を背負う男なのだから。上手く立ち回ってみせるさ)
長いため息をついて、この理不尽な現実を耐え抜く決意を新たにする司。
だが、平井がもう粉々にされ植物の肥料になっていることなど知るよしもない。
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