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如月司編7-1
「あらっ、学園長先生」
神嶽が保健室を訪ねたところ、養護教諭の中年女がちょうど良かったと言わんばかりにぱっと顔を明るくさせた。
そこには、普段の愛らしい表情に陰りのある優子も一緒にいた。
貧血気味なのかその血色は良くなく、瞼も重そうだ。どうにも体調が悪そうである。
「先生。急な話で本当に申し訳ないのですが、この時間だけ保健室の留守を預かっては頂けないでしょうか? これから出張が入ってしまっているのですけれど、西條さんをこのままにはしておけなくて……」
「い、いえそんな、私、このくらい平気ですから……。それにその……今日の部活動は、前から楽しみにしていたことがあるので、できればお休みしたくないんです……」
「もう……それなら、なおさら今は休まなきゃ。あなた、この前もそう言って余計に体調を悪くしてしまったでしょう。頑張り屋さんなのはわかっているけど、時には周りに甘えることも大事なのよ」
養護教諭に諭されながらも、優子は神嶽の顔を見るとついついもじもじとしてしまう。
理想的な男を前にした乙女のそれもあるが、しきりに下腹部を気にしている。月経が辛いのだろう。
「なるほど。そういうことでしたら、私は一向に構いませんよ。ちょうど巡回に来たところでしたから」
「まあ本当に! ありがとうございます、助かります……! お薬は飲ませてあげましたから、しばらくベッドで休ませてあげてください。よろしくお願いしますね」
「はい、わかりました」
神嶽は鍵を預かり、申し訳なさそうに学園を出る彼女を見送った。
学園長という立場、そしてもうすっかり学園生活に溶け込んだ神嶽の人柄は、教員からの信頼も厚いものであった。
「さ、優子くん。無理は禁物だよ。そこのベッドでお休み」
「は、はい……。あっ!」
「おっと……大丈夫かい?」
神嶽はふらりとその場にうずくまってしまいそうな優子の肩を抱き、優しく支えてやる。
「先生っ……。あ、ありがとうございます……ふふっ」
ぽうっとほんのり優子の頬が染まる。その大きな手で華奢な身体を包み込み、心配の目を向けてくれる彼は、優子にとっては白馬に乗った王子のようにすら見えたことだろう。
頼れる神嶽のおかげで、優子はちょっとだけ安心したように笑った。
だが、神嶽が今日この時間に保健室に来た理由。それはもちろん優子のことが心配であった訳ではない。
神嶽が監視していた人物が、ようやくこちらに向かって歩き出したからだ。
(……私のせいだ……私のせいで……彼は……いったいどう償えば……)
もはやいくら考えても仕方がないことだというのに、自責に囚われた深刻な思考がだだ漏れてくる。
「……失礼します」
淡々とした声音と共に扉が開くと、そこには神嶽の思惑通り、端整な顔を僅かに青ざめさせた司が立っていた。
弱みを見せたがらない司が保健室という学園内の休息の場にこう自ら出向いてくるとは、よっぽど応えているということだろう。
「あっ……つ、司さん……」
思わず漏れ出た優子の声に、気まずそうに眉をひそめる司。だが、顔を上げた先の視界に神嶽を捉えた瞬間、大きく目を見開いた。
(なっ……何故学園長がここにっ……!? それに西條の妹もっ……。くそ……先回りされていたということか……!?)
想定外の人物を前に、司の心は激しく乱される。
しかし優子にその異変を気付かれてはいけないとすぐに平静を装った。飲み込みの早さはさすがというべきだ。
偶然にも神嶽と優子が密着していたせいもあり、司も正に人質をとられた気分になって、神嶽を怒鳴りつけたい衝動を押し殺した。
「……深田先生は、いらっしゃらないのですか」
「ああ、出張だって」
「そ、そうですか……。なら、私は大したことはないので帰ります。その……彼女も私がいるとゆっくり休めないでしょうから」
「如月くん」
苦い顔をして立ち去ろうとする司に、神嶽は学園長として柔和に笑いかける。
「あまり無理をしてはいけないよ。君も隣のベッドで休んでいきなさい」
「────ッ」
やはり司は頭がいい。神嶽の一見すると優しげな瞳の奥に、吸い込まれるような闇が宿っているのに気付き、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなってしまった。
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