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如月司編BAD-1 ※IF

 先日のショーは大盛況に終わった。  しかしその後に待っていたのは、おおよその予想通り、「司が更に乱れる姿が見たい」との要望だった。  鷲尾に至ってもよくもまあ飽きないものだとへらへら笑っていたが、彼らの欲が尽きることはない。  それは人が人として生きる上で不変の真理だ。  表の世界では、高尚な御曹司である司。  しかしこのクラブでの、神嶽にとっての司は所詮、何てことのない一人の少年。  今のところは人気を博しているが、いずれは必ず飽きられる時が来る。  ならば、そうならないうちに、司の今後を決めねばならない。  人間とは手に入らないものに幻想を抱き尊びたがる生き物なのだから。  今宵も人道を逸脱した者達によって賑わいを見せる地下クラブ。  煌びやかな照明が照らし示すのは、加害者にとって正にこの世の楽園、そして哀れな被害者にとっては地獄に他ならぬ、調教部屋に続く廊下だ。  赤いカーペットの上を歩きながら、神嶽と雑談をしていた鷲尾が次の話題に移るなり子供のように無邪気な笑みを浮かべた。 「本日はあの運転手を肥料にして育てていた野菜を使った料理をショーにご参加頂いた方々に振る舞っておりますが、やはり養分が良いせいかいつにも増して美味しいとお褒めの言葉を頂戴できましたよ。これならあの運転手も喜……って、うーん、何と仰いましたか……年の割にずいぶん呆気ない男だったものですからどうにも名前が出てこなくって」 「初めから覚える気もなかっただろう。記憶に留めておく価値もない人間だからな」 「あっ、ばれちゃいましたね。あはは」  神嶽の手に握られた鎖の先には、もう当然のように全裸で四つん這いになった司が連れられていた。  身内とも呼ぶべき近しい人間の死すら軽々しく笑い飛ばされ、二人のそのあまりに無慈悲な会話を聞いていた司は激しい憤りに身体を震わせた。 「ひ……平井だ……」 「え? 誰ですって?」 「平井和臣! お前達が殺した男の名だ! 名前すら覚えていないなんてお前達はどこまでっ……! 死者への冒涜も大概にしろっ!」 「殺しただなんてそんな物騒な。そもそもそうなったのは誰かさんがきちんと約束を守らなかったからですよねぇ? 私共も本当はあんなことしたくないんですよ? だってもし怨みを買って呪われでもしたらどうしようって気になってしまうじゃないですか。まっ、だから何だという話ですが」  あまりに人を馬鹿にした鷲尾の言い分に、司は血が出そうなほどに強く唇を噛み締めた。  このクラブにいるのが常識の通用しない人間ばかりだとはもう十分わかっていた。  それにしても、彼らには人が生まれつき持っているはずの情けというものがないのだろうか。それほどに皆、狂っている。  お坊っちゃま育ちの司は彼らの人格を疑わずにはいられなかった。 「お前もどうせすぐに忘れることになる」 (忘れない……私は絶対に、こんな奴らになんか屈しない……)  司が以前と比べれば確実に弱り切った、しかし根底にある意志の強さはそのままの目を向けた。 (大丈夫……私は……まだ、大丈夫……のはずだ……)  心で自らを奮い立てながら、司は一歩一歩を踏み締めるように歩を進めていった。 「よう司くん、久しぶり」 「おーおー、良いカッコしてんなぁ。アヒャッ」  三人が目当ての部屋に入ると、司が初めてクラブに来た時ぶりの蓮見と柳もそこにいた。  中心部には相変わらず内診台のような拘束器具がある。  そして、今日は隠してあるものの他にも、司が思わず眉をしかめるほどの大掛かりな固定カメラが設置されていた。  鷲尾もハンディーカメラを用意する。司の痴態を余すことなく記録するつもりなのだ。  そこに座ればまた何らかの拷問が待っている。  しかし司は恐れずに、神嶽を一睨みしただけで大人しく拘束されていった。目隠しをされても唇を噛み締めるだけにとどまり、完全に視界が覆われ、真っ暗闇が司を包んだ。 (ま、また寄ってたかって私を犯す気なのだな……どこまでも卑劣な連中め……)  それでも、きっとまだ、大丈夫。犯されることなんて、もう慣れっこだ。  そう気を落ち着けるように深呼吸する司だが、今回ばかりは司を取り囲む男達の様子がどこか異なることに気付かなかったのは、視覚を奪われていたせいだろう。

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