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如月司編11-1

 隼人が司を退け、念願の学年一位という好成績を残したのもつかの間。  隼人はどうも腑に落ちないような、そうして白黒はっきりしない気持ちを持て余すことに苛立ちを感じているような、落ち着かない様子であった。  いったい何がどう腹立たしいのか、どうすれば発散できるのかは、自分でもわからない。  この時期の少年少女にありがちな、理由のない不安定さ。  それ故につい周りに当たってしまうようなこともあり、普段から調子のよい彼もやさぐれた態度が目立っていた。  神嶽がそんな隼人に聞いてもらいたいことがあると詰め寄られたのは、昼休みの学園長室であった。  二人で対面するようにソファーに座って昼食を摂りながら、そうした思春期の複雑な想いに耳を傾ける。  神嶽が「私が君くらいの年齢の頃は……」と偽りの過去を語る際には、隼人は前のめりになって、人生の先輩の経験談を興味深く聞いていた。  彼は未だ、神嶽を父の良き友人、信頼に値する親身な教師と見ていた。  神嶽がこの学園で行っている非道の数々、素晴らしい自己犠牲の精神を見せる司の努力など、何も知ることなく、想像すらしない。  故に、さも自分ほど悲劇的な人間は他にいないと言わんばかりの口の利き方にもなってしまう。  つまらぬほど平和な学園生活を送り、世間一般に恵まれた環境にあることも気付かぬ幸せ者だ。  とりとめのない愚痴を吐き出すうちに、隼人の口からは司、司と、やはり気に食わない幼なじみの話題でいっぱいになっていた。  隼人はどうにも司を引き合いに出してくる。あまり露骨にライバル心を剥き出しにされては、司も冷めて見えて負けん気の強い男だ、完全に無視を決め込むこともできなかったのだろう。  結果として自他共に認める犬猿関係が築き上がってしまったという訳だ。 「──そうそう、司と言えば、学園長先生に聞きたいことがあったんでした。なんだか最近、司の様子がおかしいと思いませんか?」 「おかしいとは、具体的にどう?」 「いつもキビキビしてたのに、ぼうっとしてることが増えたりとか……? この間の試験もあいつらしくない成績でしたし……オレも断言はできないんですけど……すごく思い詰めてる感じ、っていうか……」 「思い詰めているとは、ずいぶんだね。しかしどうして私に? 如月くんのことは、君の方がよく知っていそうなものだが」 「え、だって司と仲が良いみたいじゃないっすか。よく話してるところを見かけますよ。ほら、司って誰に対してもわりとドライな感じですし……あいつがそういう風に誰かに懐くのってかなり珍しいんすよ」  司が聞けばどう思うだろうか。  神嶽と司の関係についても一切疑うことのない真剣な表情で言う隼人。 「確かに、如月くんと話すことは多いかもしれないが、私には彼がそこまで深刻なようには見えなかったよ」 「そうですか……。学園長先生なら何か知ってるかなって思ったんですけど。あんな司、絶対本調子じゃないっすよ」 (なんで司が成績落としたらまるでオレが嫌がらせしたみたいに言われなくちゃならないんだよ! 最初はみんなオレを褒めてくれたくせに! ったく、いくら受験生だからってどいつもこいつも思考回路捻くれすぎなんだよ……)  素直な隼人は相変わらず心の声もだだ漏れだ。  初めは隼人も嬉しくて浮かれていたが、周りがそうはさせなかった。司  は優秀であるが故に、この隼人のように他人にあからさまな嫉妬を向けられることも多いが、影の努力を見てくれている者だって存在する。  結果、隼人より司の方が人望はあったのだ。 「なーんか司の口癖みたいで嫌ですけど、オレだって、西條家の長男としてのプライドくらい、あるんですよ。あいつに勝ったのがただのまぐれだなんて思われたくない。……だからもし、司が正々堂々勝負できない理由があったんだとしたら……ただ、知りたくて」  神嶽は僅かに目を細めると、言っていいものかという風に眼鏡のブリッジを上げて考え込むような仕草を見せる。  あからさまに動揺する神嶽に、隼人は探偵にでもなったつもりで大人をからかいたい年頃の意地悪な笑みを浮かべた。 「……あれ、先生、やっぱ何か隠してません? 怪しいなぁ……。心当たりがあるんなら、教えてくださいよ」 「いやしかし、それは如月くんのプライバシーに関わることだからね」 「誰にも言いませんってば。今は二人きりですし? ほら、オレだけに、こっそり!」 「ううむ……」 「ちぇ。なんだよ司ばっかり。学園長先生が司に肩入れしすぎだって親父に言いつけてやる」  隼人はそう冗談めかして笑う。  彼の好奇心を膨らませるために、神嶽も引いてはみるが、全てを突っ張ねる理由もない。だから途中で折れてやる。 「……そう軽々しくお父上を利用するだなんて全くけしからん……が、仕方ないな。わかったよ。放課後、またここに来てごらん。そうすれば理由がわかるから」  友人の子に駄々をこねられ、神嶽は親類に向けたそれのようにやれやれと眉を垂れ無防備な困り顔をした。  隼人も言ってみるものだと目を輝かせるが、その人の良さそうな面の裏にある底知れぬ闇を感じ取ることまではできなかった。  よりにもよって今このタイミングで、自ら神嶽に近づいてくるなど、運が悪かったとしか言いようがない。  隼人も所詮は初めから決められている駒などとは、当たり前の日常を生きる彼が知るよしもないのだ。

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