232 / 249
如月司編15-5 神嶽×隼人、ピアッシング、鷲尾×司
ここまで感情を露わにする司は隼人もこれまで見たことがない。意外な一面に心底驚いたような顔をした。
「つ、司……ごめん……ごめんなぁっ……お、オレ、お前のこと誤解してたっ……。だから、なぁ……お前からも学園長に言って……? 助けてくれよぉ……」
だが、愚鈍な隼人はなおも救済を求めることしかできない。司からすっと表情が消えた。
「……どうしてわかってくれないんだ」
低く絞り出された言葉は、まるで呪詛のように重苦しい。
(どうして……どうしてっ、どうしてどうしてどうしてどうしてぇっ……!! まだ私が悪いのか? 私はどこまで我慢すればいいんだ?)
司はどうやっても本心を伝えられない不器用な自分を改めて呪った。
しかしそれ以上に、
(いいやっ……こんなことを考えることこそ間違っていたのかもな……? だって私……今まで、一度も私の言うことを聞いてもらえなかった……)
今の司の胸には、理解しようと寄り添ってもくれない隼人へ、そして両親へ向けた憎悪とも言える悪意が渦巻いた。
全てを自己のせいにしてしまうのは、結局は嫌われたくなかったからなのかもしれない。
けれど、司はそれでも人と正面からぶつかって、互いに理解を深めていきたかった。
父の言うような結果論より、過程だって大切にしたかった。
いつだって逃げていたのは司ではなく、周囲だ。
司はむしろ、そんな風に司本来の人格を押し潰す環境からは、逃げ出しても良かったのだ。
「お前なんて……私をわかってくれない人間なんて……みんな……みんなみんなみんな…………大嫌いだあああああああっ!!」
それは是が非でも良い子であろうとしてきた司が押し込めていた最大の我が儘だった。司はわあっと大声を上げて泣き出した。
ここには誰も味方はいない。
子供のように駄々をこねる司を呆然と見つめる隼人の瞳が、失意に見開かれた。
ピアッシング凌辱を経て失神してしまった隼人の後処理を鷲尾がしている間、司もまたクラブ内でシャワーを浴びるよう命じられていた。
凌辱の痕跡を洗い流しても一向に晴れない精神に喝を入れるように冷水を被って、真夏であるのにガタガタと震えながら浴室を出た。
司が身を整えて脱衣所を出てくると、赤い絨毯の敷かれた廊下には仁王立ちの神嶽が待っていた。
今まで執拗に司を犯していたのがまるで手のひらを返したように、幼なじみを、それもむごい方法で抱いていた男。
無理やりに関係を結ばされているのにおかしな話だが、司はなんだか神嶽まで隼人に奪われたような気にもなっていた。
悶々としていないといえば嘘である。
しかしながら、そうして冷静さを取り戻してくると、隼人への想いもまた真実だったのかと揺らいだ。
司の言葉が引き金となったのか、あるいは司が取り乱すことも計算の内であったのか。隼人は開けたばかりの穴をも弄られ、手酷く犯された。
けれど、今の司には不思議と罪悪感は少なかった。
「隼人に洗いざらい打ち明けてやった気分はどうだ」
(清々しただなんて……言えない……)
「清々したのだな」
「……どうして、お前は……そんな風に、私の心を見透かすんだ……」
神嶽は何も答えない。司はうんざりと俯き、フッと乾いた笑いをこぼした。
「わかってしまった」
司がもう一度、神嶽を見上げる。
「全部お前の言う通りだった。私は如月家の為に、ひたすらに自分を殺して努力してきたつもりだ。奴隷と言っても過言ではないな。だから本当は、何を望んでいるのか、わからなかったんだ。でも……ようやく…………自分というものが少しわかった気がする」
司はそこで一度、言葉に詰まった。
必死に耐えていたのに、やはり目尻からは涙が溢れてきた。歪みきった口角を無理やりに吊り上げ、ひどく下手な笑顔をつくる。
「私は良い子なんかじゃなかった。人の不幸をあざ笑う……最低の人間だったんだ……」
苦しそうに呟く司は、肉体と精神の疲労で極限まで弱りきっていた。
その眼光には、以前のような強固な意志はなく、行くべき道を失ってしまった混乱と絶望の色が浮かんでいる。
神嶽は司のまだ清潔な残り香のある繊細な髪に指を絡め、やや痩けてやつれた頬を撫でた。
「良い子である必要があるのか」
「え……?」
「他人からどう見られようと、お前はお前だ」
神嶽の手つきは優しかった。
この冷酷無比な男の一部とは思えないほどに、冷え切った司の身体を再び燃え上がらせるような温もりを帯びていた。
司はこんな風に誰かに肯定されたかっただけなのかもしれない。
願わくば越せない壁であった両親に。しかしそれが無理ならば、自分が認める理解者に。
高く設定しすぎた理想のせいで、例え近しい人間がそう言ってくれていたとしても、聞こえていなかったのかもしれない。
ところがどうだろう。神嶽は司をずっと見ていた。どれだけ恥ずかしい姿を晒しても、失敗をしても、怒らなかった、暴力は振るわなかった。
努力している姿を、認めてくれた。
ずっと悩み苦しんでいたのが嘘のように、司の憑き物は落ちていった。
神嶽の全てが、司のボロボロの心に沁み渡っていくようだった。
「……悪い子の私も……私の一部」
震える手を、神嶽の手に重ね合わせる。
(どうしてこんな簡単なことに気付かなかったのだろうな)
司のぎこちなかった表情は、いつしか晴れやかな笑みに変わっていた。
ともだちにシェアしよう!