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如月司編END-1

 神嶽が学園長となってから、一年の時が過ぎた。  司は無事、明皇学園高等科を卒業。その後は海外留学をして如月家の為により専門的な知識を身につける予定だったが、七月の終業式直前に、突然進路を変えてしまった。  司が今まで生きてきた中で初めて、両親へ楯突いたとも言える行動である。  両親は当然猛反対したが、司も負けじと根気よく説得した。無論、受験については司の成績を持ってさえすれば難なく受かり、そのまま明皇学園の付属大学に進学。  司は一見、友人も増え、勉強は変わらず真面目に、実に充実した日々を送っているかのように見えた。  授業開始前の教室では、今日も男女のグループが集まってそんな司の噂話をしている。 「やっぱり如月ってさ、高校の時に比べてなんかこう……ツンケンした感じがなくなったよなぁ?」 「ははーん、俺はわかったぞ。あの堅物眼鏡にも遂に春が来たんだ!」 「ええっ!? そ、そんなのまだわからないじゃない!」 「いや、絶対そうだって。……って、おい何だよ、まさか嫉妬かぁ?」 「そ、そうじゃないけど……」  高等科の時から司に憧れていたのであろう女子生徒の膨れっ面に、その友人の男子生徒らは、腹を抱えて笑う。  するとちょうど、話題の張本人が登校してきた。 「おはよう。どうしたんだ、皆して。なにか良いことでもあったのか?」  くすくす笑う司は、一見するとどこにでもいるような、物腰柔らかな好青年だった。  彼らの前の席に腰を下ろし、鞄から教科書やノートを取り出しながら、興味ありげに会話に入った。  孤高の司には近寄りがたく、こう面と向かってあまり話をしたこともなかった彼らは、長年持っていたイメージとは違う司に少々困惑気味に顔を見合わせる。 「あー……えっと、今日……ほ、ほらっ、合コンでもしないかって話だよ」 「あ、ああ、そうだぜ。如月も良かったら一緒にどうだ?」  そんな風にその場の思い付きを口にしてみるのだが、司はうんと少し唸って、 「……そうか。残念だが今日はもう先約があってな。でも、わざわざ誘ってくれてありがとう」  本当に申し訳なさそうなその態度からは、嫌味の一つも感じない。 「あれ、用事がなければ平気だったのか? ってことは、如月って今フリー?」 「まあな」 「マジで!? そりゃあ奇遇だなあ、すぐ近くにこれまた彼氏のいないうら若き乙女がいんだけど……」 「ち、ちょっとなに言ってんのっ!? 別に私は……そのっ……ああもうっ、そんなんじゃないんだからっ。ねえ如月さん今聞いたことは忘れて! お願い!」  女子生徒はお節介な男友達にからかわれ、膨れっ面を真っ赤に染めてやや後ろの席へと退避してしまう。  司が華やかなキャンパスライフを送る中、神嶽はと言うと、その仕事ぶりや誠実な人柄を買われて再選され、杉下前学園長の任期分を過ぎてもなお、未だ高等科で学園長の立場にいた。  同じ場所にあまり長居することは無いが、ひとまずは、面倒事が起こる可能性も低いと判断した為だ。  地獄のような──しかし、司にとってここまで心変わりするきっかけともなった凌辱の期間を経て、司はクラブの所有物になった。  その契約を呑んだ司の意思に嘘偽りはない。今や司は、クラブの舌の肥えた客たちをも唸らせる立派な、それもVIP専用の高級男娼だ。  だが、司の役割はそれだけではない。 「…………あ」  今日の授業が終わり、ある場所へ向かう為に外に出た司は、見知った人間を見つけると、周りに誰もいないことを確認してから恥じらう乙女のように胸の位置で小さく手を振った。  ついて来い、と目で合図を出され、裏門に回る。  そこに停められていた車に乗り込むと、司はようやくほっと一息つくことができた。 「びっくりした……。まさか迎えに来てくれた……なんて、そんな訳はないか」 「ああ。新しい理事長に用があったのでな。それよりも……司」  冗談めかして笑う司の手を取って、神嶽は真っ直ぐに彼を見つめながら言った。 「今日でお前の日常は終わる。覚悟はできているな」  司は一瞬だけ目を伏せ、 「もちろん」  力強く頷いた。  クラブに向けて発進する車内で、神嶽はそんな司への褒美として優しく口付けてやった。  ──奴隷となった司は、クラブに堕ちることを経験した自分だけにしか出来ないビジネスを神嶽らに提案し、実行に移していた。

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