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捨てないで
発情期を終えた悠人は何となく街中に来ていた。ここ一週間ずっと一人で寂しかったのかもしれない。
人混みに紛れてただ足に任せて歩いていた。
なんとなく、なんとなく。
喧騒の中歩みを進めると、映画館の前まで来ていた。チケット売り場の向かいにある電光掲示板では喜が主演を務める映画の広告がやっていた。
「さすが今一番人気の俳優様だな」
悠人は自嘲気味に笑った。テレビをつけても雑誌を開いてもよく見かけるようになったものだ。
「初めてあった時は緊張で震えてたくせに」
悠人は栗神 喜にあまりいい感情を持っていない。昔は好きだったことにも自覚はある。それでも、嫌いだった。
もしかしたらそこには自分が俳優になれなかった嫉妬心が入っているのかもしれない。
今日は休日で映画館でデートをするカップルも多いのだろう。手を繋いで仲良さそうにする男女が多い。少数の割合で男同士でイチャイチャする二人組もいた。
「少し前までは僕もあんな風に幸せそうな顔してたのかな?」
悠人は邪魔にならないように端に寄りながら周りに嫉妬の視線を送る。
心が荒む。
でもここから離れられなかった。
だってこの映画館に一番興李との思い出があるから。興李は映画やドラマが好きな悠人に付き合ってよく映画館に来ていた。デートで訪れた回数はおそらく一番多い。
どうせなら映画を見て帰ろうかなと悠人はチケット売り場に並んだ。その時、見たことのある帽子にマスクを着用している男を視界の端に捉えた。
「きょう、り……?」
興李は双子の兄があまりにも有名になってしまったせいで変装を余儀なくされている。そしてその為の帽子やらマスクやらをプレゼントしたのは他でもない悠人だった。
僕がプレゼントした物をまだ見に着けてくれている。まだ完全に終わったわけじゃない。
悠人がまだ挽回のチャンスがあるのだと高揚したその時、列が動いた。
今まで人で見えていなかった興李の隣には男がいた。それも小柄で、きっと彼はオメガだ。雰囲気も僕に似ていて彼の好みのタイプだった。
楽しそうに目を細める興李を見て僕は飛び出した。
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
あのオメガは誰?絶対に僕の方が興李のこと好きだよ?僕の方が興李の好きな物も嫌いなものも分かる。外見で選ぶなら僕でいいじゃん!何で他の人のところにいこうとするの?
想っていることを全て興李に言えたのならいいのかもしれないけれどこれ以上拒絶されることが怖くて逃げ出すことしか出来なかった。
僕はそのまま家に向かった。カバンに入った鍵を取り出し、少し懐かしい扉を開ける。無我夢中で駆け込んだ寝室には興李と三ヶ月前まで一緒に使っていたベッドが置いてあった。
ベッドに飛び込み興李の匂いを独り占めにする。そして気持ちが爆発した。
「嫌だ!いやだよ……別れたくない。オメガの僕に選択権なんかないのかもしれないけど、捨てないで。」
涙が止まらない。
興李に言えないなら興李のいない場所で吐き出すしかなかった。それでも寂しかったから、この三ヶ月の我慢をも無駄にして興李の家に押しかけてしまった。
でも、これも興李が悪いのだ。
だって僕から家の鍵を取り上げなかったのだから。
「……嘘つき!言ったじゃんか、僕のことを幸せにしてくれるって。ドラマのワンシーンみたいに僕が誰を好きでも興李を好きにさせてみせるからって……言ったじゃんか。もう喜のことなんか好きじゃないのに……なんで信じてくれないの?」
興李の匂いを胸いっぱいに吸い込み寂しさを紛らわせながらも泣きじゃくった。
泣いて泣いて泣いて罵倒して、謝った。
「ごめんなさい、ごめんなさい。僕の分からないところで沢山傷つけたのかな?だから捨てられちゃったのかな?でも言ってくれないと直せないよ。興李の言うこと全部聞くから、だから捨てないで……」
ピーンポーン
インターホンが鳴った。
決して違うとわかっていても期待が膨らんだ。時間的にもおそらく違う。それこそ家の主がインターホンなんか押すわけが無い。
それでも、興李が走り去った僕に気付いて追いかけてくれたんじゃないかなって期待してしまった。
ドタッ
期待に焦った悠人は布団に足を絡ませて上半身から床に転がり落ちた。
「いててっ……」
ピーンポーン
「待って……待って……今出るから」
ベッドに入る時に靴下は脱いだ。その為裸足のままインターホンを取った。画面に映ったのはいつもと雰囲気の違う興李だった。
なんというか冷たい。勝手に家に上がった僕に怒っているのだろうか?
「は、はい……」
声が震えた。
『開けてくれ』
「うん」
興李は外していた帽子と眼鏡とマスクを再び着けて画面の前から去った。
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