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 託は突然言い出した。 「セーフワード決めてなかった」 「セーフワード?」  急に何かと思った。 「何がいい?」  そんなことを言われてもと思う。 「何で突然?」 「早く決めてよ」  また機嫌を悪くしたと思って必死で考えた。 「くつまむし」  言ってからやばいと気付いた。 「ごめん。やっぱ別の」 「それでいい」  え? 僕は自分の耳を疑った。託がそんなことを言うはずがないと思った。  だってそれは、僕が託をいじめてた時に呼んでいたあだ名だったから。絶対言うはずのない言葉だから。  名字が沓間だから「くつまむし」と単純なあだ名だったけど、託にとって屈辱的な呼び方だったに違いないのに。 「おすわり」  と急に言われて、僕は反射的にひざまずいた。  その体制で犬みたいにお手をすると、「よくできました」と言われた。  僕は戸惑った。くすぐったい感じがした。 「託?」  託は僕の疑問に反応せず、「舐めて」と足を差し出した。いつもの通りだったけど、どこかに違和感があった。  足を口の中に入れながら舌を使ってペロペロした。いつも何のためにやるのかわからない屈辱的な行為だったけど、今日は何かが違った。  嫌なはずなのに、何故か興奮してしまった。託のきれいな足をずっと舐めていたくなる。 「鈴也」  ひたすら舐めていたら、託に見つめられて、とっさに怒られると思った。 「あ、う」 「いい子」  つい託を見つめ返した。  やっぱりおかしい。いつもと違う。  今までこんなことで褒められたことなどなかった。 「もう帰っていいよ」 「え、あ。託?」 「何?」  もしかしてもう用済みなんだろうか。  最後に褒めて関係を終わらせようとしているんじゃないかと思い、気が気でなかった。 「褒めなくていいから側に置いてください」  ついそんなことを言ってしまった。 「は?」 「見捨てないで」  泣きそうになるのを必死でこらえた。 「馬鹿じゃないの」 「ごめんなさ」  謝ろうとしたら、途中で唇を唇で塞がれた。  え? キス? 「また呼ぶから。帰って」  一瞬だったから、よくわからなくなる。僕の気のせい? 「はい」  と返事をして託の部屋を後にした。  セーフワードを初めて決められた。何であの単語にしたんだろう。  自分で自分が不思議だった。  わざわざ託の嫌がる言葉にする必要はないのに。  自分の罪を忘れないためなのだろうか。絶対に口にするはずはないのだから。  唇に唇が触れた気がするけど、気のせいだよな。  胸にざわざわとしたものを感じながらも、頭から振り払って家路についた。

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