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 こんな時はセーフワードしかない。  でも、託の顔を見ると、とたん言えなくなった。 「鈴也!」  鞭で背中をたたかれた。 「べ、別のにして」  痛い方がましだと思った。 「そういう時はどうするの?」  もしかして託はセーフワードを待っているのだろうか。だから昨日から僕にできないことをさせているのか。  それでも、どうしても口にすることができなかった。 「もういい」  また言われてしまった。ちゃんとしたいのに。 「ごめんなさ」 「何で言えないのにその言葉にしたの?」  言葉につまった。自分でもわからなかった。そうじゃなきゃいけない気がした。でも上手く説明できなくて、涙だけが溢れた。 「嫌なら答えなくていいから」  託は悲しそうな顔をした。 「ま、待って」  託の腕を掴んでから気付いた。自分のあられもない格好に。全裸で、自分のはすっかり萎えてしまっている。  急に恥ずかしくなって、慌てて下半身を隠した。 「服着たら?」 「う、うん」  下着だけ身につけたところで、託はため息をついた。そんな顔してほしくない。 「もっと怒ってよ」  言ってしまった。 「僕、何もできなかったのに」 「鈴也」  言葉が止まらなかった。 「託、本当は僕とプレイしたくないんでしょ?」  託は困った顔をするが、続けた。  「弱いから。簡単にドロップするから」  言っちゃいけないのに言ってしまった。 「鈴也」  託は何か言いかけて、僕を穴が開くほどに見つめた。 「これ、どうしたの?」 「え?」  膝の裏を見られて慌てた。プレイに夢中ですっかり忘れてた。 「あっ、その」  やばい。本気で捨てられる。 「ひっかいただけ」 「鈴也」 「ごめんなさい」  託は怒ってはいなかった。 「何が不満なの?」  不満? 「言ってくれなきゃわかんない」  託は怒っているというより悲しそうな顔をした。 「それとももうやめる?」 「やだ。そんなの嫌だ」  こんなのただ駄々をこねてるだけだ。 「やめないで。お願い」  泣いてすがったって仕方ないのに。これ以上言葉が出てこなかった。 「じゃあどうして自分を傷つけるの?」  僕が戸惑っていると、託はグレアを浴びせながらコマンドを告げた。 「言え」  命令されたら逆らえない。言いたくないのに自分の口から勝手にこぼれた。 「だって、託遠慮してるじゃん。僕が何やっても褒めるし、失敗しても怒ってくれない。そんなの意味ない。ドロップしたから、僕なんか何もできないって思ってるんだ」  言ってしまった。 「鈴也」 「ごめんな」 「謝らないで」  途中で言葉を止められた。 「謝るのは俺の方だよ」  託は何を言ってるんだろう。 「鈴也の言うとおりだよ。ドロップされるのが怖くて」 「託?」 「ごめん」  謝らないでほしい。 「僕の方が悪いから。何もできないし、それに」  セーフワードも言えない。 「セーフワードなんて何でもよかったのに、勝手に口にしてた。くつまむしって」 「鈴也……」 「言っても怒らない?」 「怒るわけないでしょ」  それがルールだから。当たり前のことなのに。僕だって託のことを信じ切れていなかった。

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