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第18話 律の夢
トントンと律の部屋のドアをノックする。
そう言えば、律が僕の部屋へ来ることはしょっちゅうだけど、僕が律の部屋へ行くことは初めてだな、と今更ながら気づく。
律からの返事はなく、いきなりドアが開かれた。
「陽馬? 珍しいな。何? オナニーしたくなった?」
にんまりと笑う律に慌てて否定する。
「違うっ。あの、ど、どうしても分からない数学の問題があるから教えて欲しくて……」
「なんだ。つまんないの。……分かったから入れよ」
律はそう言ってドアを大きく開けた。
「お、お邪魔します……」
おずおずと部屋の中に入る。
作り付けのクローゼットや本棚は同じ位置にあるのだが、ベッドや勉強机の置かれている場所が違う所為で何だか不思議な気持ちになる。
「そんなに緊張しなくても」
律がおかしそうに笑う。
「でも、あ、あの、彼女さんが戻って来るのなら、僕、すぐに出て行くから……」
「え? ああ、さっき来てた子? 大丈夫。彼女なんかじゃないし。だいいちあの子は俺がサボった授業のプリントを届けてくれただけなんだけど。どうしても部屋に上がりたいって言うから入れただけ。……で、どれ?」
「え?」
「だから分からない問題があるんだろ? 見せてみ」
「あ、これなんだけど……」
僕は散々悩んだ問題を律に見せた。
「あーこれね。公式がひっかけになってるんだよ。ほら陽馬、ここに座って。教えるから」
律の勉強机の椅子に座らされ、律はその傍に立って教えてくれる。
「……で、こうなるわけ」
「あ、そうか……」
律の教え方はすごく分かりやすく、あんなに解くのに苦労した問題がわずかな時間で理解できた。
問題が解けてすっきりしたとき、机の隅に置かれたあるものに僕の視線が行った。
「……スケッチブック?」
それは大判の赤いスケッチブックだった。
「律、絵を描くの?」
僕の素朴な質問に律は少し考えてから答える。
「うーん、絵って言うかデザイン画。見たい?」
僕は小さくうなずいた。
純粋に律がどんなものを描いているのか見たかった。
「……これを見せるの陽馬が初めてだよ」
そんな、どこかくすぐったい言葉と共に見せてくれたスケッチブックにはいろいろな洋服のデザイン画が書かれていた。
「すごい……」
律のデザインした服はどれも斬新で、お洒落には疎い僕でさえ、感嘆するものばかりだった。
「俺さ、将来はデザイナーになりたいんだ」
律がポツリと呟く。
「……これもまだ誰にも話してない。だから言うなよ。特に父さんは俺がT大を受けるって思い込んでいるし」
「えっ? 律、T大受けないの!?」
「ああ。服飾の専門学校へ行くつもりだよ。尊敬している先生がいる学校があってね、そこに」
そんなふうに語る律の薄茶色の瞳はきらきらと輝いていて、眩しかった。
僕にはまだ将来の夢やなりたいものなどなくって、律に対して憧憬と焦りの二つの気持ちを抱いてしまう。
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