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第25話 律の涙

 それにしても……。  自分は少し大きめの、多分律のものだろうパジャマを着ていて、体もきれいになっている。  体の奥深くに注がれたはずのものもない。  全部律が後始末をしてくれた?  僕は目の前の律の顔を見つめ、一人赤くなってしまった。  喉が渇いて目を覚ましたことを思い出し、律を起こさないようにベッドから出ようとしたとき、ベッドサイドのテーブルにミネラルウオーターが置いてあることに今更ながら気づいた。  ミネラルウオーターの下には小さなメモが置かれていて、そこには、『飲んでいいよ』と書かれていた。  律の気配りの細やかさに感心する。  容姿端麗、甘ったるい台詞、気配り。  ……女の子にモテるはずだよね。  そんなふうに思ったとき、胸のどこかが少し痛んだような気がした。  ミネラルウオーターを半分ほど飲み干し、僕は自分の部屋へ帰ろうかと迷ったが、もう少しだけ律の傍にいたいという思いが勝ち、再びベッドに潜り込む。  眼鏡を外していても充分に見えるほど至近距離で律の顔を見つめる。  こんなときくらいしか律の顔をまじまじと見つめることなんかできないから、ここぞとばかりに僕は彼を見つめた。  寝顔も本当イケメンだな。  こんなに綺麗な人と僕は……あんなことしちゃったんだ……。っていうか、律、僕なんかとよく……する気になったな。  だって僕は本当に冴えないやつで、僕のことを好きになってくれる男の人なんているわけないと思い続けてたから。  一生セックスなんかすることないと思ってた……。  そこまで考えて、僕はハタと気づいてしまった。  律は僕のこと好きだなんて一言も言ってないし、僕も律に恋してるのかと聞かれたら、分からないと答えるしかできない。  僕は頭を抱えて悩んでしまった。  僕と律、セックスなんてして良かったのだろうか。  多分律の方は軽い気持ちで僕に手を出したのだと思う。  何せオナニーの指南役まで買って出るくらいの男なのだ。  律は言ったじゃないか。  おまえの反応が可愛いから、つい手を出してしまうって。  そんなノリで律は僕としたのかもしれない。  だって律は行為の間、一度も『好きだ』とは言ってくれなかった……可愛いとは何度も言ってくれたけど。  何人もの女の子をとっかえひっかえする律。  僕とのことはちょっと趣向を変えたつまみ食いみたいなものだったか、単なる好奇心……。  考えれば考えるほど何だか虚しくなって来て情けなくも涙が滲む。  ……自分の部屋に帰ろう。  僕が体を起こそうとした瞬間、律が小さく身じろぎ、形のいい唇が何か言いたげに開かれる。  一瞬、律が目を覚ましたのかと思ってドキッとしたが、違った。  律の目は閉じられたままで、 「……お母さん……」  そんな寝言を呟いたかと思うと、目尻から涙が一滴零れ落ちる。  え? 律、泣いて……?  僕は彼の涙がシーツへと吸い込まれて行くのを茫然と見つめていた。

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