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第26話 ギャップ
いつも明るく軽い律と、辛そうに眉を顰めて涙を零す律がイコールで結べない。
律が寝言で呼んだ『お母さん』というのは、今の母親(つまり僕の母さん)のことではないのは確かだろう。
律は実の母親のことを夢に見てるんだ……。
律が実の母親を亡くしたのは、彼が十一歳の時、事故でと聞いている。
僕が実の父さんを亡くしたのと同じような年頃に律は実の母親を失っている。
だからよく分かる。
新しい父さんと母さんができて、今は幸せな暮らしをしていても、当時の悲しみは時々心の表面に浮かび上がって来て、たまらない寂しさを呼び起こす。
律……。
普段は大人びている彼の弱い部分を垣間見たような気がして切なくて。
僕はか細い腕を伸ばすと、律の背中に回し、彼のことを抱きしめた。
そのまま再び眠ってしまったようで、次に気が付いたとき、律は既にベッドから出て制服に着替えているところだった。
「おはよ。陽馬」
律がネクタイを結びながら、僕に笑いかける。
「お、おはよう……」
「学校、行けそうか? 陽馬」
「え?」
「いや。昨夜は超初心者にちょっとやり過ぎちゃったかなって思ってさ。腰平気?」
「…………」
律はいつものあっけらかんと軽い彼に戻っていた。
つい数時間前、泣いてたことが夢だったような気がして来る。
夢? じゃないよね……確かに律、泣いてた……。
僕がつらつらと考え込んでいると、律が声をかけて来た。
「陽馬、早く着替えないと遅刻するぞ」
「え? あっ……」
「部屋まで抱いて行ってやろうか?」
「い、いらない」
僕が真っ赤になって断ると、律は殊更色っぽく言ってのけた。
「素直じゃないね、陽馬。セックスの時はあんなに可愛かったのに」
「り、律っ」
「それじゃ、俺、朝飯作って来るから、用意ができたら降りて来いよ」
ベッドで一人赤くなる僕を置き去りに、律はひらひらと手を振って部屋から出て行った。
なんだか自分ばかりがドキドキして律に振り回されている気がして、僕は深い溜息をついた。
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