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第38話 魔法が解けるとき2

 律のいない、寂しい誕生日のお祝いが終わり、僕はお風呂に入った。  お風呂上りにはいつもパジャマを着るのだが、今夜は律の贈ってくれたシャツを身に着ける。  洗面所の鏡に映るのは真新しいお洒落なシャツと少し悲しそうな僕の顔。  ……それでもこのシャツは律が僕のために作ってくれたものだから。  この服を着て律を出迎え、お礼を言いたかった。  自分の部屋へ戻ると、ドアを少しだけ開けたままにしておく。  こうしておけば律が帰って来たときにすぐ分かる。  ……机に向かったまま少しだけウトウトしてしまったようだ。  階下で玄関の扉が開閉される音が微かに聞こえ、僕は目を覚ました。  律、帰って来た?  時計を見ると午前一時を回っている。  自室を出て、ドアの前で待っていると、やがて律が階段を上がって来た。  律は僕の姿を認めると、切れ長の目を見開く。 「陽馬、まだ起きてたのか?」 「ん。……このシャツのお礼が言いたくて。ありがとう、律」  僕がシャツを引っ張りながら言うと、律は少し照れくさそうに笑う。 「……ああ、着てくれてるんだ、そのシャツ。陽馬によく似合ってる。我ながらいい出来」 「……律、なんか疲れてる?」  目の前の律からはいつもの軽い雰囲気は感じられず、随分憔悴してるように思えた。 「そんなこと、ないよ。……なあ、陽馬……」  律がゆっくりと手を伸ばしてきて、僕の体を抱きしめる。 「律? だめだよ……こんなところで……っ……?」  そのとき、律の体から香水の匂いがした。甘い花のような香り。  律、もしかして女の子と会ってた? 「陽馬……」  キスをして来ようとする律を僕は思い切り突き飛ばした。 「い……やだっ……」  僕の誕生日、律は女の子と会ってたから帰って来てくれなかったの?  唇を噛みしめて睨みつける僕に律は肩を竦めて言い放つ。 「あー、おまえ、もう面倒くさい」 「……!」  酷い言葉にショックを受ける僕を置き去りにして自分の部屋へ入ってしまう。  僕はその場にしゃがみ込んで声を出さないで泣いた。  分かってたはずなのに。完全な片思いだってことは。でも、辛かった。  やっぱり僕は心のどこかで小さな希望みたいなものを持ってしまってたみたいだ。  抱き合い、一つになる甘いひとときを共に過ごして。  初めて作ったという僕だけのシャツを贈られて。  でも律にとってそんなことは特別なことでも何でもなくって。 『面倒くさい』結局それだけの言葉で終わらせてしまえるだけの関係でしかなかった。 「ほんと馬鹿だ……僕」  小さく呟くと、力なく立ち上がり僕は自室へと入り、律から贈られたシャツを脱いだ。

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