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第52話 プチ・デート
見られている気がする。
……いや、気がするんじゃなくて完全に見られてるな。
ほら、今擦れ違った女性も律のこと振り返って見てうっとりとしたまなざしになっている。
「……る? 陽馬」
「…………」
律を見て行くのは女性だけじゃなくて、男の人達もハッとした表情になって「あれってもしかして芸能人じゃね?」とか話をしてる。
「おい! 陽馬! 聞いてる?」
少し大きめの声でそんなふうに声をかけられたかと思うと、律のしなやかな手が僕の目の前でひらひらと舞う。
「え? あ、ご、ごめん。何?」
僕が答えると律が少し大げさに溜息をついた。
「だから、次の日曜日に観に行く映画何にするって、聞いてるんだけど。大体陽馬、さっきから何きょろきょろ周りばかり気にしてるんだよ?」
「や。律、すごく見られてるなって。道行く人みんな律のこと振り返って見て行くからすごいなって思って」
晴れて恋人同士になった僕と律は今、一緒に登校している。
僕たちの高校はそんなに離れておらず最寄り駅も同じなので、そこまで朝の短いデートをしようと誘われたのだ。
でも実際律の隣で歩いていると、周りからの視線で『デート』という甘い雰囲気も雲散霧消してしまう。
律と一緒に歩くのは初めてではない。僕がラブホテル街に迷い込んでしまい律が探しに来てくれた時も二人で歩いた。
けれども、あのときは夜だったし人通りもほとんどなかったし、第一僕の精神状態がボロボロだったからとてもじゃないけど周りに気をやる余裕なんてなくて。
だからこうして朝の爽やかな空の下、律と肩を並べて歩いてみて、彼のすごさに改めて気づかされたのだ。
十八年間冴えない見た目で過ごしてきた僕には女性たちからの熱い視線も、一部の男性たちからの軽い嫉妬の視線も無縁のものだ。
当の律本人は飄々とした様子で肩をすくめると、
「そんなことより、映画何見たい? 陽馬」
周囲から飛んでくる視線たちを無視して、僕だけを見つめる。律の薄茶色の瞳は今日もとても綺麗だ。
「…………え、と。まず恋愛映画にはあんまり興味なくて」
「恋愛映画は却下ね。良かった。俺も苦手だから。じゃ、ホラーとかは?」
「あ、好き。とっても」
「…………」
「律? どうしたの?」
なぜか突然黙り込んでしまった律に僕は首を傾げる。
「いや。今、俺ホラー映画に軽く嫉妬したわ。だって陽馬にとっても好きとか言って貰って」
「なっ、何言って……」
律は時々こんなふうに僕の想像の斜め上を行く甘いセリフを言って来ることがあり、その度に僕は赤面してしまう。
「あっ、陽馬。顔を赤くしているところが可愛すぎ。そんな顔俺以外の誰にも見せたくないからうつむいてろ」
律は僕に対する評価が異常に高い。
僕が赤面してようが、道行く人はポストに対してと同じくらい関心を示さないだろうに律は過剰反応するのだ。
結局映画はとても怖いと評判のホラーを観に行くことになった。
その後、僕たちは別れてそれぞれの高校へと向かう。
「じゃな、陽馬。また放課後に」
「うん。行ってらっしゃい」
放課後もまた待ち合わせして一緒に帰ることになっている。
しかし、こんな『プチデート』でさえ、こんなに緊張してて、日曜日の本格的なデート、心臓持つかな……。
出来立てほやほやの恋人の後姿を見送りながら僕は思った。
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