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第82話 父さんとの会話

 律と父さんの冷戦が一週間以上続いている。  これには母さんも心を痛めていた。  母さんの意見はと言うと、『律くんがそこまで望んでいるのなら、律くんのやりたい道へと行かせてあげたい』というものだった。  僕としても律には絶対に夢を叶えて欲しいし、彼にはその才能もあると思う。……ただ、律がこの家から出て行ってしまうかもしれないということがただ一つの気がかりだった。  そりゃ特に遠距離恋愛というのになるわけでもないし、同じ屋根の下にいなくても愛は育めると頭では分かってはいる。  けれどもやはり嫌だ。  律が気まぐれな猫のように僕の部屋へと入って来ることがなくなっちゃうのは、なんか寂しいし、この家から隣の部屋から律の気配や香りが消えてしまうと、きっと心にぽっかりと穴が開いたような気持ちになることだろう。  今は危うい冷戦状態だけど、父さんと律、どちらかが感情を爆発させれば、『出て行け!』『出て行く!』といった結果になってしまうだろう。  いつも僕を大切してくれ、愛してくれる律。  彼のおかげで少しずつだけど、僕はコンプレックスから解放されつつもある。  そんな恋人に僕がしてあげられることはないのだろうか……?  律はバイトを始めた。  おそらくは家を出ることになったときのための生活資金と専門学校の学費を稼ぐために始めたのだろう。  寝る間を惜しんでバイトに明け暮れる律。このままじゃ体を壊しちゃう。  僕がしてあげられることは本当にないのだろうか?  その夜も律は遅くまでバイトで、残業の父さんの方が早く帰って来た。  僕は部屋で律から誕生日に贈られたシャツを身に着け鏡に映してた。  誰が見てもセンスがいいと感じる服、お洒落で、けど決して服が主張をしすぎない服。  父さんが夕食を食べ、お風呂へ入り、書斎にしている自室へと入ったのを見計らって、僕は扉をノックする。 「父さん、ちょっといい?」  すぐに父さんから返事が返って来た。 「陽馬くんかい? いいよ、お入り」  僕が中へ入ると父さんは穏やかな顔でむかえてくれた。  ……さて、父さんと対峙したはいいけど、まずはどう話を切り出そう?   僕が思いあぐねていると父さんの方から声をかけて来た。 「どうしたんだい? そんな服を着て。まさかこんな時間から出かけるつもりじゃないだろうね」  少しだけ厳しい声で言うと律が作ってくれた服に視線を寄こす。  僕は服がよく見えるように電灯の下に立つと父さんに向かって言った。 「父さん、この服ね、律が作って僕の誕生日にプレゼントしてくれたんだよ?」 「え?」  父さんが明らかに戸惑っている。 「すごいでしょ? 律、すごいんだよ。だから、律のデザイナーの夢許してあげて」 「陽馬くん……」 「父さんの夢は僕が叶えるから……僕は律ほどすごくないからT大は無理だけど、でもK大には絶対に受かってみせるから……だめ?」  K大も充分に難関大学である。だから、お願い、父さん。 「陽馬くんは、そんなに律の夢を応援してるのかい?」  父さんはまだ戸惑い顔だ。 「うん」  僕が力強く答えると、父さんは手を伸ばしてきて僕の頭をそっと撫でた。 「いい子だね、陽馬は。律のことをそんなに大切に思って」  父さんの呼び方が『陽馬くん』から『陽馬』へと呼び捨てになった。  今までどこか僕に対しては遠慮がちだった父さんが急に近くなった気がした。

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