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第88話 キスして
「へ?」
「母さんはともかく、父さんと陽馬が仲良くなっちゃうのは妬ける。こともあろうに『繋がりが深くなる』なんて、そんなこと許せない」
「なっ!? なに言って!! 変なこと言わないでよっ」
「陽馬の一番は俺じゃなきゃやだ。父さんなんかに負けたくない」
僕よりずっと大人っぽく限りなく綺麗な律が拗ねる。
「だからさっきから何言ってるんだよっ。律と父さんじゃ好きの種類が違うってことくらい律にも――」
最後まで言わせてもらえず、律が言葉を重ねて来る。
「それでも、やなものはやだ」
ついさっきまで射るように鋭かった薄茶色の瞳は今はまるで子供のようだ。
「そ、そんなの律が一番に決まってるだろ」
「世界で一番?」
「せ、世界で一番」
うう恥ずかしい。
僕が律と同じように告白すると、彼は僕を抱きしめて来て、耳元で囁く。
「じゃ、キスして」
「えっ?」
律から強請られて僕の方からキスをするのは初めてではないけれど、それでも恥ずかしいのはいつまで経っても恥ずかしい。
「い、今?」
思わず僕が訊ねると、律はニコッと笑った。
くらくらするくらい綺麗な笑顔だけど、こんなふうに笑う時の律は何か企んでいる時でもあって。
「うん。今。……でも場所はここじゃない」
「は?」
きょとんとしている僕の手を掴むと律は部屋のドアを開け、廊下へと出た。
そして。
「今、ここでキスして、陽馬」
「ええ?」
だって、すぐ下は居間で、父さんと母さんがひょいとドアから顔を出すと僕たちの姿が見えてしまう。
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