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第95話 バイト
しばらくして律が僕のために見つけて来てくれたバイトは喫茶店でのウエイターだった。
年配のマスターが一人で切り盛りしているこじんまりしたところらしい。
バイトは月水金の週三日、夕方二時間といった時間帯。
「これじゃあ大したお金にならないじゃないか」
唇を尖らせて文句を言うと、律は小首を傾げて甘えるような口調で返して来た。
「だって俺が帰って来た時、陽馬にいて欲しいから。この時間で充分。あとは俺のことおまえの存在で癒して欲しいんだ」
「……律……」
律の甘すぎる言葉に僕は少々不満ながらもうなずかざるを得なかった。
確かにがっつりバイトを入れてしまえば二人で過ごす時間が少なくなってしまう。
それは寂しいし。
「そんな顔すんなよ、陽馬。俺だってコンビニのバイトそこまでハードに入れるわけじゃないし。いくら結婚資金をためるためと言っても、二人の時間が無くなっちゃったら本末転倒だしさ」
「……ん……」
それは僕も同じ気持ちだ。
律の言葉に納得すると同時に新たな不安がむくむくと湧いて来た。
「どうした? 陽馬」
僕の憂い顔に目ざとく気づいた律が問うてくる。
「ねー律、ウエイターなんか陰キャの僕に務まるかな?」
つい今ままであんなにやる気だったのに、ヘタレな僕は急に自信を失ってしまう。
「陽馬は陰キャなんじゃないよ。少し臆病なだけ」
「臆病……?」
「そう。そんなところも可愛いんだけどね。……あー、やっぱり陽馬にバイトなんかさせたくないー。俺以外の奴に接客するなんてやだー。そいつのこと殴ってやりたい」
子供のように駄々をこねる律に安心感が戻って来て僕は小さく笑う。
そういうわけで短い時間ながらも僕も二人の結婚資金(照れ)のためのバイトすることが決まった。
……このバイトが新たな問題の種を運んでくるとは露とも知らないで。
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