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第96話 軽すぎる客

 バイト先は自宅から自転車で行ける距離にあった。  こじんまりとした佇まいの店で内装はなんというか昭和っぽい感じ。  鼻の下の髭がトレードマークのマスターはとても優しい。  お客さんはほとんどが常連さんで新人へっぽこウエイターにも心安く接してくれる。  最初はお皿を割ったり失敗ばかりだった僕も時間を重ねるごとに仕事に慣れて行く。  そして彼がやって来たのはぼくがバイトを始めて二週間ほどが経った時だった。  カランカランと音を立てドアが開かれた。 「いらっしゃいませ」  反射的にそう応対しながらも僕は少し首を傾げる。  入って来たお客さんは僕と同じくらいの年恰好の男だった。  珍しいな……。  その立地や店の雰囲気から普段この喫茶店にくるお客さんの年齢層は高く、若い世代が入って来ることは皆無だった。  その上今来たお客さんはめちゃくちゃ派手な青年で、昭和な感じの店内ですごく浮いている。  髪は金髪に染め、両耳にはこれでもかってくらいピアスをつけている。  服装もお洒落なんだかなんか僕には分かんないけどだらしなく着崩している。  若い客は窓際の席に脚を組んで座るとテーブルの上に置かれたメニューをめくり始める。  僕はお冷とおしぼりを持ち彼の席へと近づいた。 「いらっしゃいませ」  この約二週間で、ようやく自然に言えるようになったセリフと、まだ若干不自然な営業スマイルで応対すると、若い派手男は僕のことを上から下まで舐めるようにして見て来た。  ……なんかやな感じだなぁ。  そんなふうに思いつつも、『仕事仕事』と自分に言い聞かせる。 「ご、ご注文はお決まりでしょうか?」 「あんた」 「は?」 「あんた、去年のG校の文化祭に来てたよね?」  派手男は軽い感じで聞いて来る。いきなりそんな質問をされて、僕は何も答えられない。 「…………」 「だーかーらー、G校の文化祭で佐藤律に告られてたのって、あんただよねって聞いてんの」 「……え? あ……」  固まってしまった僕に派手男が改めて注文をして来る。 「ブレンド」 「……へ?」  律に告られていたうんぬんという言葉のショックからまだ立ち直れていなかった僕は間抜けな返答しかできない。  すると派手男はくくっと楽しそうに笑って僕の前にメニューを差し出して見せる。 「注文してるんだけど、ウエイターさん」 「…………」  いったいこの男は何がしたいんだろう?   何だかすごく馬鹿にされている気がしてさすがの僕もムッとなった。すると。 「ダメだよ、ウエイターさん、接客業なのにそんな怖い顔をしたら、スマイル、スマイルー」  軽い口調で言う。  そう派手男はどこまでも軽かった。  声も表情も格好も何もかもが軽い。  律も少し軽いとこがあるけど、芯は一本筋が通っているし、僕との関係もすごく一途でいてくれる。  でも目の前の男は根っからのチャラ男と言えばいいのか、パリピと言えばいいのか、とにかく性格イコール見た目っぽい。

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