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第103話 律の不安
律は僕がバイト終わるまで待っていてくれ、一緒に帰路につく。
自転車を押しながら、ゆっくりと歩いていると、人通りのない道に差し掛かった途端、律がポツリと言葉を零した。
「気をつけろよ」
「え?」
「さっきの男、おまえのこと狙ってる」
「狙ってるって……え? そんなまさか」
そりゃいつも馴れ馴れしいし、さっきもいやらしいこと言われたけど、あんなの僕を馬鹿にしてからかっているだけだと思う。
僕がそう言って否定するも律は剣呑な表情のままだ。
「俺には分かるんだ。あいつ、本気で陽馬にちょっかい出そうと思ってる」
「…………」
「だから陽馬、あそこでのバイト、もうやめて欲しい」
「……それは、やだよ。マスターいい人だし、ようやく仕事にも慣れて来たんだよ? それに何より僕たちの結婚資金をためるためのバイトなんだから、あんな男のためにやめたくない」
「陽馬……」
律と目と目が合う。
綺麗な綺麗な薄茶色の瞳。
この瞳の持ち主は優しくて一途に僕を愛してくれてて、あんな超チャラ男にまで嫉妬してくれる……。
僕は押していた自転車を道の端にとめると、そっと律の頬に触れた。
「律の言うとおりだとしても、僕は絶対あんな男の言いなりなんてならない。それに……」
次に続く言葉は言うべきか言わないべきか少し迷ったが、律が永井の存在を知ってしまった以上、話しておいた方がいいと思った。
「それに、あの男は僕と同じ大学なんだ」
だからバイトをやめたとしても永井と顔を合わせる可能性はどうしてもゼロにはならない。
律の瞳がますます剣呑さを帯び、頬に触れている僕の手を痛いほど握る。
「どうして、言ってくれなかったんだ!?」
「言うも言わないも、あいつが喫茶店に来たのはたったの二回で、大学で顔を合わせたのなんてこの前が初めてなんだよ? 僕にしてみればまだ顔見知りでさえないし」
「でも、あの野郎、確実におまえとの距離縮めてきてるじゃねーか」
「律、僕のこと信じてよ……」
「信じてるよ、でも向こうからやって来る奴を放っておくことできない」
「だから、僕はそんなにもてないってば」
律は嫉妬をしているみたいだけど、そんなの全て取り越し苦労にすぎないのに。
苦笑して見せると、律は僕を強く抱きしめて来た。
人通りが少ないとは言え、誰かが来ることもないとは言えないので僕は少しあわあわと焦ってしまう。
「り、律っ、誰か来たら……」
律の体を押し返そうとしてもビクともしない。
「……不安なんだ」
僕の肩に顔を埋め、律がひどく弱弱しい声で言う。
律らしくない、縋るような、声。律は時々こういうことを言う。
こんなに容姿に恵まれて輝いているというのに。本来『不安』になるのは僕の方なのに。
「律……?」
「おまえが純粋すぎるから、いつかこんな俺の腕の中から誰かがさらっていってしまうんじゃないかって」
「……律……」
僕は律を押し返そうとしていた手をとめ、彼の背中に回し、言葉を重ねた。
「そんなことあるわけない。僕は律だけのものだよ……?」
僕を抱きしめる律の腕の力が強まる。
「うん。陽馬は俺だけのものだ……絶対に」
人通りのない夜の道、僕たちは長い間お互いを抱きしめ合った。
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