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第108話 律の学校で

 ……永井はいったい何がしたいんだろう?   以前バイト先の喫茶店に来たときは僕たちはもう友達なんだとうそぶき、今度は友達になって欲しいと願い出る。  訳が分からない。って言うか完全にからかわれてる?  去って行く永井の後姿を見ながら、厄介な奴と知り合いになってしまったかもと憂鬱な気持ちになった。  悪いけど永井とは友達じゃないし、友達になれる気もしない。  それにもしも永井が律目当てで僕に近づいて来てるとしたら……。 「はあ……」  僕は小さく溜息をついた。 「学にでも相談してみよう」  困ったときの親友頼み。明日にでも話を聞いてもらお。  そう決め、僕は頭から無理やり永井のことを追い出した。 「……さてと」  鞄からスマホを出して時間を確かめる。  まだ早い時間で、律はきっと専門学校で授業の真っ只中だろう。  ふと思う。  学校での律っていったいどんな風なんだろう?   ただ漠然と大学生活を送っている僕と違って律は夢に向かっている。  デザインのことを語る律はいつもキラキラ輝いてて、眩しいくらい。  律に会いたいな……会いに行こうか……。  律の通う専門学校は大学からそんなに離れてない。電車一本で行ける。  僕はスマホを片手に歩き出した。  地図アプリを駆使して、それでも少々迷いながら律の専門学校へとたどり着いた。  ここへ来るのは実は初めてじゃない。  まだ受験生だった頃、律に連れられて来たことがあった。 『ここが俺の通いたい学校だよ』  律は綺麗に微笑んで僕の耳元で囁いたっけ。  あの時も思ったけど、デザインを学ぶ場所というだけあって、建物もすごく洗練されてお洒落だ。  休み時間なのだろうか一面ガラス張りのビルの中では学生だたちがそこここで談笑している。  律はいったいどこにいるんだろ?   何階にいるのかも分からないんだから、一発で見つけるのは無理だろうな。  呼び出してもらおうかな……でも……。  迷っていると思いが通じたのか奇跡が起きた。  サラサラした髪、女性よりも綺麗な顔、すらりと高い背、輝くようなオーラを放ちながら律が僕の目の前にある教室の中に姿を現した。  複数人の友人と思われる男子たちと歩いて来る律はやはり圧倒的に目立っている。 「律――」  恋人が現れてくれたのが嬉しくて、僕はぶんぶんと手を振ろうとして、その手が止まる。  律の傍に一人の女子が走って来たからだ。  その女は律以外の男には一欠けらも目をくれず、律だけを見つめている。  律ほどではないけれど、腰まである長い髪が印象的な美女。  美女は綺麗にマネキュアを塗った手で律の服の袖をつかみ、自分の方へと振り向かせると、ノートのようなものを彼へ見せている。  それに対して律は……優しく笑いかけていた。  今まで女性に対してどこかチャラい態度しか見せていなかった律だと言うのに。  まるで彼女は特別だと言うように。  行き場を失った手が虚しくだらりと降ろされる。  どうして律、女の子なんかに優しく笑いかけてるの?  どうして、馴れ馴れしく服の袖をつかむ手をそのまんまにしてるの?  僕の中で荒れ狂う思考。  ……分かっている。こんなの僕の醜い嫉妬にすぎないことなんて。  別に律は浮気をしたわけじゃない。ただ女の子に『優しく』笑いかけただけ。  いつもはやんわりと離す女の子の手をそのままにしているだけ。ただ……それだけ。  でも、やだったんだ。  律に話しかける赤いルージュの唇も、それとおそろいの赤いマネキュアも。  嫌で、腹が立って、不安で。 「……来なきゃよかった」  力なく呟くと僕はその場を去ろうとした。  だが、皮肉にもその瞬間、律と目が合ってしまった。  律は大きく目を見開き、そして破顔する。  僕に見せてくれた笑顔はついさっき美女に見せてたそれよりも、ずっとずっと優しく甘く、僕の気持ちは少し浮上した。  

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