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第110話 赤い色
形の良さを見せつけるように脚を組むと、彼女は値踏みするように僕を上から下まで見た。
「律があなたなんかと付き合ってるなんて笑えない冗談みたいね」
それから鼻で笑って言葉を吐き捨てる。
「うちの学校にも律に思いを寄せる子はそれこそ山ほどいるわ。あなたよりもずっとセンスもルックスもいい子たちがね。でも律は絶対に相手にしない。よっぽどあなたに夢中なのね。嘘みたい」
赤い唇を綺麗にぬった唇から次から次へと僕を馬鹿にするような言葉が放たれる。
「…………」
僕はだんまりを決め込んだ。
僕が律と釣り合ってないことなんて、自分が一番よく知っている。
だけど初対面の彼女にいきなり言われて腹が立ったのも事実だった。
相手にしないことにして、僕はまた文庫本に視線を落とした。
僕なんかに無視されたことが腹立たしいのか彼女が睨んで来るのが分かる。
そんな中僕が頼んだチョコレートケーキセットが運ばれてきたので、僕はそれをもくもくと口に運んだ。
……味なんかしなかった。
目の前で無言の圧をかけてくる美女。
もう早くこの場から出てって欲しい。
君が律のこと好きなのは分かってるから。
すごく凄く嫌だけど分かってるから。
律のおすすめのチョコレートケーキを紅茶で喉に押し流しながら、心中で必死に願ってみるも彼女は退かない。
険悪な沈黙の元、僕がケーキの最後の一欠けらを飲み込んだ。
その次の瞬間、彼女が再び口を開く。
「律子」
「えっ?」
耳に飛び込んで来た『律』という響きに僕は不覚にも顔を上げ、彼女の方を見てしまった。
目と目が合った美女は余裕をたたえて微笑んでいる。
「あたしの名前、律子っていうの。勿論律と同じ漢字よ。だからね、あたしの中に律がいるっていうことなの」
「…………」
いきなり変なことを言いだした女に僕は思いっきり引いた。
しかし彼女は自分に酔ったように話を続ける。
「あたし、高校は違う県だったから、律のことは知らなかったけど、この学校に入って律の存在を知って、そして名前を聞いた瞬間、ああ運命の人だって思ったわ。デザイナーになるっていう同じ夢も追いかけてるし」
「…………」
とんでもなく勝手で独りよがりの考えなのに、笑い飛ばすことができないのが悔しい。
「あなたのことは流石に想定外だったけど。でもちっとも問題なんかじゃないわ。あなたは律にはふさわしくない。律と釣り合うのはあたしなんだから」
そしてピシッと僕の方へ赤いマニキュアの人差し指を向けると、
「せいぜい今のうちに律の恋人気分楽しんでおくといいわ。彼のことは必ずあたしがもらうから」
宣戦布告をして来た。
何も言い返さない僕のことを美女は心底見下したような目で見ると、言いたいことは言ったとばかりに、立ち上がるとさっさと出て行ってしまった。
……赤い色が嫌いになりそうだ。
一人店に残った僕はそんなことを考えていた。
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