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第111話 不安が不安を呼んで……
「なーに、ふくれてんの? 陽馬?」
「ふくれてなんて」
「いる、だろ? めっちゃ顔に出てるよ」
「…………」
律に図星を突かれて、僕は唇を噛みしめうつむく。
律のバイトが始まるまでの細やかなデートの時間。
肩を並べて街を歩いていても僕の気持ちはモヤモヤしたままだ。
原因は勿論あの赤色の女。
「何か、あった? 俺に話してみ?」
律が重ねて聞いて来て、僕は少し迷った後重い口を開いた。
「……律子って人……」
「律子?」
律がその名前を口にした瞬間、胸がズキンと痛んだ。嫉妬の痛みだ。
すっごく嫌だった。律が彼女の名前を口にするのが。
「……その人、律のこと好きみたい」
僕が絞りだすような声で言うと、律は笑った。
「そんなはずないよ。だって律子には彼氏がいるんだから。スマホで彼氏の写真も見せてもらってる」
「でも、あの女の人、律が運命の相手だって言ってた」
律が驚いたような表情をしている。
どうやらあの女は律には僕に見せたのとは違う顔を見せているらしい。
……確かに彼氏がいてもおかしくはないけど、間違いなく本命は律だろう。
「律子のやつ、そんなことおまえに言ったのか……」
律の形のいい眉が不快そうに寄せられる。
「いろいろ言ってた。名前のこととか、ほら律と律子って似てるし。それにおんなじ夢を追いかけてるとも言ってたし。僕は律にふさわしくないとも言われた」
言われた言葉を思い出して、惨めな気持ちになっていると、律がポンと頭に手を置いた。
「そんなの律子の戯言だから全然気にしなくていいよ」
「……でも、律も律子さんに笑いかけてたし、あの人が律の服を掴んだ時も他の女の子のように退けたりしなかった……」
一度口から言葉が出てしまうと、不安が堰を切ったように溢れて止まらなかった。
やだな。
律、僕のこと重いウザい奴って思ってるんじゃないかな……。
不安がまた新たな不安を呼び、僕の中が不安でいっぱいになって。
僕はますます深くうつむいてしまう。
すると律が僕の髪を優しく撫でた。
「陽馬を不安にさせたのならごめん。でも、律子のことは男友達感覚っていうか、女として見てないから」
「でも、それでも、律が僕以外の誰かに微笑みかけたり、触れさせたりしたりするのはやだ」
無茶苦茶な、子供のような我儘。なのに律は。
「もうしない。だからもう不安にならないで」
優しく僕の顔を上げさせると、そっと唇にキスをした。
人々がたくさん行きかう交差点。誰より目立つ律。皆の視線。
だけど僕は、このとき甘く彼のキスを受け止めた。
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