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第113話 嵐の前の静けさ
「それはおまえが一方的に悪いよ、陽馬」
「でも」
「佐藤律がモテるのは今に始まったことじゃない。けど、あいつは陽馬を一途に思ってくれてるんだろ? お前が勝手にイジイジグジグジしてるだけじゃん」
「……そうだけど」
翌日の大学での昼休み。
学食で一緒に食事をしながら赤い色の女や今感じている不安を学に話してみたのだけど、帰って来た言葉は僕に手厳しいものだった。
「あのなー、陽馬」
僕より早くに彼女を作り恋愛に関しては先輩の親友は大袈裟に溜息をついた。
「俺にも彼女がいるから分かるんだけど、ちょっとくらいの嫉妬なら可愛いよ? でも陽馬みたいにいっつも不安になって信じてもらえないのは正直辛い」
「う……。……でもじゃあ学は全く不安にならないわけ?」
「そりゃ俺だって不安になるときはあるよ。けど彼女を信じてるし、まだ来てない未来に怯えたりしない。陽馬は臆病すぎ。そんなんじゃ佐藤律が可哀そうだよ」
ぐうの音も出なかった。
学の言うとおりだった。
合コンのときも高校の文化祭のときも僕は律に群がる女の子に嫉妬して不安になって。
その度、律は僕を優しく抱きしめてくれて……。
『お前が不安になると俺も不安になる』
あのとき律、寂しそうだったな。
今更ながら胸が痛んだ。
僕ももう少し強くならなきゃいけないね、律。ごめんね。
帰ったら改めて律に謝ろうと思いながらキャンパス内を歩いていると、後ろから次の講義の教授に声を掛けられた。
「君、確か私の講義を取ってる生徒じゃなかったかな?」
「あ、は、はい。そうです」
「悪いけど、旧校舎に置いてあるこの資料を持ってきておいてくれないかな。私はちょっとプリントしなければいけないものがあってね」
教授はそう言うと何冊かの本の名前が書いたメモを僕に渡して来た。
「あ、はい。分かりました」
「頼んだよ」
言うと教授は足早に去ってしまった。
……旧校舎かあ。
僕は何とも嫌な気持ちを覚える。
今、僕たちが使っているのは主に新校舎で、旧校舎は人がおらずそれこそ物置になっており、昼でも何とも不気味な雰囲気を漂わせているのだ。
オカルト的なものを信じてるわけじゃないけど、それにしたってあんまり一人じゃ行きたくない場所だ。
それでも頼まれたからにはしかたない。
僕がとぼとぼと旧校舎へ向かう道を辿る。
「わっ」
いきなり背後から大声で叫ばれ、僕は文字通り飛び上がるほど驚いた。
「ひっ……な、何!?」
僕が振り返ると、そこには。
「永井……」
チャラチャラチャラ男の永井が立っていた。
「ごめーん。そんなに驚かせちゃったー? 陽ちゃん」
「…………」
睨みつけても永井はひるむことなく聞いて来る。
「ところでどこへ行くの? そっちには旧校舎しかないよー?」
そして僕の手に握られたメモを見て言う。
「あー、教授にでも資料本とって来るように頼まれたんだ? 可哀そうに」
「可哀そう?」
僕はここで永井に訊ね返したことを後悔した。
何故なら永井は旧校舎にまつわるめちゃくちゃ怖い怪談を僕に話して聞かせたからだ。
「…………」
怖さのあまり涙目で睨む僕に永井は笑って謝って来る。
「ごめんごめん。怖かったよねー? でも大丈夫。俺が一緒について行ってあげるから」
「いらない」
怪談は怖いが、永井という得体のしれない男と行動を共にするのはもっと嫌だった。
「ついてって上げるって。陽ちゃん、俺を友達にしてくれたじゃん」
「してない」
「えー? 友達同士じゃん、俺たちー」
永井は僕に付きまとって離れない。
「僕一人で大丈夫だから永井君は帰ってよ」
「遠慮しなくていいから。何か出てきたら俺が守ってあげる」
しつこい永井を無視して歩き続けるうちに旧校舎に着いた。
旧校舎は鬱蒼とした蔦で覆われ、永井から聞いた怪談の所為かそこだけ薄暗くモノトーンになっているかのように思えた。
とっとと資料取って来よう。
僕は唾を飲み込むと足早に旧校舎へと入った。
後ろから場違いに明るい歌を歌いながら永井がついて来ていた。
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