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第116話 VS永井
ギリ……と律が歯を食いしばる音が聞こえた気がした。
「あの野郎、ぶっ殺してやる!!」
「待って、律、どこ行くの!?」
殺気立つ律に慌てて問いかける。
「決まってるだろ。その永井って野郎、ぶん殴ってやるんだよ」
「待って待って。そんなことしたら、律の立場が悪くなっちゃう」
「そんなこと言ってる場合か! 陽馬が俺の一番大切な人が傷つけられそうになったんだ。俺は黙ってなんてられない」
「律……」
って感動してる時じゃない。
大学の中で暴力沙汰を起こしたら律も無傷ではいられない。
「陽馬はここで待ってろ。おまえをあの野郎と合わせたくないから」
律は言うと、身をひるがえして去って行こうとする。
僕はその背中を追いかけた。
「ぼ、僕も行く」
大学に着いた。
どうか永井はもういませんようにという僕の願いも虚しく、正門を入ったところでバッタリ僕と律は永井に出くわした。
永井は一瞬僕の方を睨みつけてから、いつものようにチャラけた態度で口を開いた。
「あーらら。陽ちゃん。彼氏に言いつけちゃったんだ。男として情けないねー」
律は永井から僕をかばうように後ろへ隠してくれると、氷点下のごとく冷たい声で言い捨てた。
「……話がある。こんなところじゃなんだから、ちょっと付き合えよ」
「ふん」
永井は鼻で笑うような返事を返すと僕たちに従い歩き出した。
ひと気のない路地まで行くと、律はいきなり永井のことを殴った。
「ってー……何すんだよっ!!」
吹っ飛んだ永井が怒りの声を上げる。
「俺の陽馬に手を出そうとした天罰だよ」
「……くっ……」
律は言葉を無くす永井の胸ぐらをつかんで引き寄せると、鋭く低い声で恫喝する。
「もしまた陽馬に何かしようとしてみろ。これくらいじゃ済まないからな」
傍で聞いていた僕でさえ震え上がるような声音で、流石のチャラ男の永井も黙りこくっている。
律は乱暴に永井を放り出すと、僕の手をつかんで歩き出す。
路地から去ろうとする僕たちに負け犬の遠吠えのごとく永井の声が追いかけて来た。
「お、覚えていろよ、佐藤律。この俺にこんなことしやがって」
力任せに殴られはれ上がっている頬を抑えながら叫ぶ永井に、律は不敵に言ってのける。
「俺にならいつでも来いよ。でも陽馬に近づくのだけは許さない」
そして今度こそ永井のことを置き去りに僕たちはその場をあとにした。
「……その服、何とかしなきゃな」
路地から離れ大通りに出ると律は言う。
僕は永井に破かれたシャツの上から律のジャケットを羽織っている状態だ。
「家に帰って着替えるからいいよ」
僕がそう言うと、
「あいつに破かれた服をおまえが着ているの、俺が嫌なの」
律はそう答え顔を顰める。
そして律は近くにあったブティックに僕を連れて行くと洒落たシャツを買ってくれた。
てっきり試着室で着替えるのだとばかり思っていたのだが、そうではなくて。
「律、どこで着替えればいいの? 駅のトイレとか……?」
「そんなとこじゃなくて、もっとゆっくり着替えられるとこに連れてってやるよ」
にんまりと笑う律。
……律がこういう顔を見せるときは何かエッチなことを考えてる時だ。
勘は当たる。
律が僕を連れて来たのはラブホテルだったのだ。
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