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第131話 ごめんね、母さん
「ね、律、僕も明日からここで暮らしちゃだめ?」
僕がおずおずとお願いすると、律は少し困ったように笑った。
「……こんなに狭くてボロい部屋でもいいのか?」
「律と一緒にいれるなら、僕はここに来たいよ。でも、律の勉強の邪魔になるなら……」
言いかけた僕の言葉を律がそっと人差し指で塞ぐ。
「そんなはずないだろ、おまえがいてくれたら、俺、どんどんイメージが湧いて来るんだ」
「じゃ一緒に暮らしてもいいんだね?」
「風呂もないぞ」
「律となら銭湯行くのも楽しい」
「俺はあんまり楽しくないな」
「どうして? 律」
いきなりの律の拒絶の言葉に泣きそうになる。
けれど律は次の瞬間僕を強く抱きしめて来て甘く囁く。
「だって他の野郎に陽馬の裸見せたくないんだもん」
「律……」
僕はホッと胸を撫でおろす。
「うん……それは僕だって。律の綺麗な裸、誰にも見せたくないけど」
それでもやっぱりここで……この二人のお城で暮らしたい。
僕が続けると律は僕の首筋にキスをした。
その夜は久しぶりに二人くっついて眠り、
翌朝。
専門学校へと向かう律と別れて僕は家へ帰ると真っ直ぐに自室へ向かい荷物をまとめ始める。
ふと気づけばドアの傍に母さんが立ち、複雑そうな顔でこちらを見ていた。
「……母さん」
どんな言葉を紡げばいいのか分からない。
実の父さんが死んじゃってから女手一つで僕を育ててくれた母さん。そんな母さんを置いて出て行こうとする僕はひどく親不孝だと思う。
でも、律と一緒にいたいんだ、ごめんね。
「陽くんも出て行っちゃうのね……」
弱弱しい声で母さんが言う。
「ごめんなさい。……それからありがとう。律から聞いた。仕送りをしてくれてたって」
「……そうね。律くんが無茶なスケジュールでバイトしてたから、倒れちゃうんじゃないかって心配したから」
「母さん、律のこと見に行ったの?」
「当たり前でしょ。私はあなたと律くんの母親なのよ。無理してたら助けたくなるわ。でも決してあなたたちの仲を認めたわけじゃないのよ」
「母さん……」
胸が痛んだ。
「陽くん、あなたが同性しか好きになれないってこと母さん全然気づいてあげられなかったわね。もしもっと早く分かってたらこんなことにはならなかったのかしら?」
母さんの問いかけに僕はそっと頭を横に振った。
「何があっても僕は律のこと好きになってたと思う。例え律が僕のこと振り向いてくれなくても……」
「そう」
母さんは小さな溜息をつくと静かに部屋を出て行った。
ごめんね、母さん。
母さんにとっては新しくできた家族だったのに、ね。壊してしまった。
僕は荷物をまとめ終えるとキッチンにいる母さんに声をかけた。
「さよなら、母さん。今まで育ててくれてありがとう」
「…………」
母さんの背中は何も応えてくれない。
タブーを犯した僕と律を母さんは……そして今ここにはいない父さんも勿論……最後まで許してくれなかった。
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