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序章3-2
綾乃と手を繋いで帰路につく新堂を見送って、想悟も帰宅する為に鞄を持って職員室を出た。
今日も一日、いろんなことがあったと記憶が蘇ってくる。たくさんの人と話をして、自分の持てる知識を教えて。
これが、これからもずっと続くと信じて止まない想悟の日常だった。
「なんか……幸せだな……」
想悟はうっかり独り言を呟いていた。誰かに聞かれていなかったかと辺りを見回してみる。
幸いなことに人気はなく、ホッと息を吐き出した。
教師になるのは、想悟の高校時代からの夢だった。
その夢が叶って、しかも初めての就職先は母校・明皇学園高等科。
我ながら、本当に恵まれていると思う。と同時に、不思議な運命のようなものも感じていた。
ろくな人間にならなかった──いや、もしかするととっくに死んでいたかもしれない孤児の自分が、このような名門・霧島家の子息として育てられて。先祖が創設した学び舎で幼稚園から高校までを過ごして。
何か一つでも欠けていたら、今のこの環境はないはずなのだ。
育ちの縁というものを噛み締め、青春を送った大好きな学園に戻って来れたことを感謝した。
「霧島先生」
と、そんな時、声を掛けられ振り返ってから、想悟は少し緊張した。
照り光る禿頭や小太りの身体さえチャームポイントと化している満面の笑みの老紳士──学園長がそこにいたからだ。
この品の良い表情を見ているとどこか安心できる。生徒だけでなく教師からも人望のある、明るくて、優しい先生。そんな学園長の欠点を挙げるとすれば、いつでものんびりしているという点くらいだ。
彼は名を、世良崇善 といった。
世良学園長は、急逝した杉下前学園長に代わって正式に後釜を務めることになった男だ。もちろん学園出身で、その経歴も素晴らしいものであり、信頼における人である。
正確には、前学園長の残任期間の数ヶ月間だけ代理の学園長をしていた男がいたそうだが、前理事長といい、学園に従事する人間の不幸が相次いでいたことから、杉下の呪いなどとこの歳の生徒の好きそうな噂話が流れてしまい、それっきり学園内でその辺りの話題はタブー視されていた。
だからこそ、そんな暗い雰囲気を吹き飛ばすような明るさを持った世良が次の学園長に決まったのは、必然だったのかもしれない。
──そう、新堂から聞いていた。
想悟は大学時代は留学で日本を離れていたこともあり、最近の学園の内部事情については、正直よくわかっていない部分の方が多かった。
けれど、想悟がここで働くことが決まった時も、学園の創設者一族が教鞭を振るうとなれば生徒やその親御も少しは安心できるのではないか、と感謝されたのだった。この閉鎖的な学園では、皆、結局は身内贔屓である。
小さく咳払いをしてから、身を引き締めて上司に対する真面目な顔つきになる。
「学園長先生。どうかされましたか」
「いやぁ、君が来てもう一ヶ月が経ったのかと、なんだか感慨深く思ってねぇ。新任でいきなり担任を持って大変だろうが、その後はどうだい?」
「はい、お陰様で充実した日々を過ごせていますよ。少しずつですが、生徒との接し方もわかってきたような気がします」
「それは良かった。僕も学園長としてはピカピカの一年生だからね、お互いにどうにか頑張っていきましょうじゃありませんか」
世良はいつものおっとりとした調子で笑う。
地位の高い人間にありがちな高慢ちきでもなく、想悟が霧島家の人間と知って媚びてくることもなく、なんとも育ちが良い人なのだなと勝手ながら信頼感のある男だった。
しばしその場で立ち話をしていると、世良は思い出したようにぽんと手を叩いた。
「ああ、そうそう霧島先生。週末はなにか予定はあるのかい?」
「いえ、特にはありませんが」
「それなら、是非とも食事でもどうかと思ったんだがねぇ」
「えっ……よろしいのですか?」
「もちろん。こちらこそ、霧島先生の都合さえ良ければ、だけれど」
それは正直に言って、嬉しい誘いだった。
想悟も一度、学園長とはこの学園について、詳しく話したくもあったからだ。
杉下学園長の死去から始まり、生徒の失踪や、理事長の心中などと、この学園では立て続けに物騒なことが起きすぎている。
明皇学園を離れていた四年間で、そんなにも不幸があったとなると、想悟も創設者一族の末裔として、卒業生として、そして現役の教師としては心配にならざるを得ない。
今この学園を治める世良に、それについても何か聞き出せたらと、想悟は喜んで応じることにした。
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