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序章4-1
そうして後日、約束の日がやって来た。
世良がセッティングしてくれたのは、行きつけである会員制のプライベートクラブだという。
想悟も実家のパーティーなどで着ることの多いタキシードを着込んで、学園近くで待ち合わせていた世良の車に乗せてもらい、どのくらい経っただろうか。
車内で既に世間話が盛り上がってしまい、正確な時間はわからなかったが、学園からそれほど遠く離れてはいないはずの地下駐車場で、車は止まった。
「こんなところに、クラブが?」
「フフフ、まあね、隠れ家的……とでも言うべきかねぇ」
会員制である以上、あまり人目に触れないような場所でひっそりと営業しているのかもしれないと予想はついたが、それにしても。
理由はわからないのだが、想悟はどうにも世良の含みのある語調に言いようのない違和感を覚えた。
想悟は世良の後について行き、エレベーターに乗った。すると、ボタンを押した訳でもないのに、エレベーターは動き出した。
どこかにセンサーがあるのか、あるいは誰かが監視しているのか。フロアの表示もないまま、どんどん地下深くへと下っていく。
到着した先の入口には、背の高い屈強な黒服──ドアマン兼、バウンサーだろう──の男達がいて、世良が親しそうに手を上げると、恭しく礼をして扉を開けてくれた。
男達は後に続く想悟にも律儀に頭を下げてくれたのだが、こちらを薄ら寒い視線でじっと見ていた気がしたのは、きっと思い違いだろうと想悟は気に留めないことにした。
「うわ…………」
扉の向こうに足を踏み入れた想悟の目の前には、劇場のような深紅の絨毯や壁紙が広がっていた。
受付を通り過ぎ、大広間に来ると、想悟は世良と共に下層を一望した。そこは数百というテーブル席があり、その奥には広い舞台と巨大モニターがある。
骨董のことはそれほど詳しい訳ではないが、そんな想悟でも見惚れてしまう歴史的価値の高い絵画や像が惜しげもなく飾られている。それらを照らす煌びやかなクリスタルのシャンデリアもまた視線を惹きつける。
そして、そんな豪勢な場所にぴったりのタキシードやカクテルドレスに身を包んだ人々は、各々デザインの違う仮面を被っていた。
先の不安など吹き飛び、想悟は一目でこの場所を気に入った。
こういった場には家の環境もあって慣れていないと言えば嘘になるが、それとは規模が違った。
本当に、中世ヨーロッパさながら貴族の社交場のようだ。国内にもここまで豪華な施設というと、かなり数は限られてくるだろう。
「どうだい。立派なところだろう」
「ええ……。すみません、あまりに素晴らしいので、正直驚いてしまって。学園長先生にこのような場を設けていただけたなんて、身に余る光栄です」
「またまた、謙遜を。正しく霧島先生にぴったりの場所だろうと思ったのだが、こうして見ると、やはりお似合いだ。まるで王子様のようではないですかな、ハッハッハ」
「が、学園長先生ってば……」
世良の社交辞令に、想悟はちょっと照れ臭くなる。
人見知りというわけではないが、読心能力のせいで、幼い頃から社交界というものはあまり好きではなかったから、心から楽しめずに過ごすことも多かった想悟である。
「ようこそ、世良様。お待ちしておりました」
想悟が物珍しく辺りを見回していると、痩せ型に似合うかっちりとした黒服を着込んだ男が、満面の笑みを湛えて近寄って来た。
他の会員と違って仮面はしていないので、どうやらここのスタッフらしい。
年齢も想悟とあまり変わらなそうな印象を受けるが、ここでそれなりに地位の高い男なのだろう。
すらりとした長い手足であるせいか、その立ち振る舞いはより優雅に見え、どこか執事のような品さえ感じさせた。
「そちらの方は、霧島想悟様でいらっしゃいますね。本日は世良様のご紹介と事前に伺っておりますよ。我がクラブへようこそいらっしゃいました」
男は想悟にも恭しく頭を下げた。
「ああ、鷲尾くん。わざわざありがとうね。それじゃあ、時間もちょうどいいし、そろそろ始めようか」
「始めるって、何をですか?」
想悟の疑問には、鷲尾と呼ばれた執事風の男が答えた。
「愉しい愉しいショーでございますよ。本日のメインイベントは、どうかあなた様もご参加なさってくださいませ」
「参加って……そういえばその、私は会員ではないのですが……よろしいのでしょうか?」
「ええ、もちろんでございます。あなた様は特別なお方でいらっしゃいますから」
「は、はぁ……」
世良はここでそんなに信頼を得ているのだろうか。鷲尾の柔らかな声音もあいまって、想悟はそのショーとやらがすっかり楽しみになっていた。
鷲尾に案内されて階段を降り、想悟は世良と二人で舞台の目の前のVIP席に腰を下ろした。いったい何が始まるのだろうかと視線は舞台に釘づけになる。
世にも不思議なイリュージョンか、それとも天使の歌声を持つ絶世の美女でも出てくるのだろうか。ありきたりではあるが、そんなことを考える。
「さあさあ、皆様。大変長らくお待たせ致しました。これより、今宵の饗宴の開幕です」
ハンドマイクを持って舞台に上がった鷲尾は、演技がかった口調で言った。
だが、想悟が穏やかな心でいられたのも、ここまでだった。
この世の終わりのような絶叫と共に想悟の目の前に現れたのは──あまりにもありえない光景だった。
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