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序章5-2

「まだ、どうして自分がこんな目に遭ったのか整理なんてつきませんよね。それについては本当に申し訳なく思っているんですよ。こんな性急なやり方、本意じゃありませんから」  鷲尾は想悟が縛られた椅子の周りをゆっくりと歩く。  子供に言って聞かせるような心地の良い声音で語りかける。 「実は、折り入ってあなたにお願いがあるのですよ」 「……お願い……?」 「はい。そうは言ってもあなたに拒否権はありませんがね」  なんて白々しい男なのかと、想悟は鳥肌が立って、ギリリと唇を噛んだ。  拒否権はない? そんなのただの脅しじゃないか。  この状況のなにがそこまで楽しいのか、不気味なほどに笑みを絶やさない鷲尾。 「半年前……この地下クラブのオーナーが亡くなり、後任の人間が必要となりました。単刀直入に言えば、是非ともその後を、あなたに継いでいただきたいのです」 「な…………」 「ああ、すぐに経営を任せるという訳ではありません。あなたにも一からクラブの仕事や生活を学んでいただき、それから、ゆっくり馴染んでいってもらいたいと思っています。私共もできる限りのお手伝いは致しますから、どうぞご安心なさってください」  全く意味がわからなかった。地下クラブと言ったか。  まさか己がそんな得体の知れない組織に引き入れられようとするなんて、想悟の想像の範疇を超えていた。  テレビドラマかなにかの見過ぎではと思う反面、しかし、事実想悟は騙されてここに連れて来られ、逆レイプの被害にまで遭った。とても冗談だとも思えない。 「…………どうして俺なんだ」  たくさん言いたいことがある中で、口をついて出たのはそれだった。  平穏な日常を送っていた想悟に、こんな犯罪者達との関わりなど一切ない。どうしても想悟でなければならない理由もあるはずなのだ。  だが、想悟は淡々とした鷲尾の言葉に驚くことになる。 「想悟様は、霧島の姓を名乗ってはいらっしゃいますが、実際はどこの誰かもわからない養子ですね」  ただ、霧島家の子息だから拘束したのだと思っていた。それが、まさかそこまで知っているなんて。 「あなたは、本当の両親を知りたいと思ったことはありませんか? 産まれて間もない自分を捨てた冷酷な親を」  想悟はそこで、鷲尾の言いたいことが、わかった。  それこそフィクションのような話だと、気付けば呆れがちに鼻で笑っていた。 「……あなたの父親は、亡くなったオーナーその人なのですよ」  鷲尾が一枚の紙を想悟の目の前に突き付けた。  視線を逸らすものの、そんなものは見なくたって想像がついた。どうやって手に入れたのかは知らないが、勝手に遺伝子検査でもしたのだろう。  こんな紙切れに書かれた結果だけで、そんな馬鹿げた話を信じろだなんて、あまりにもありえない話だった。このような犯罪行為をしでかす者ならば、いくらでも偽造できるはずだ。 「あなたが信じる信じないはクラブにとってどうでも良いのです。だって、あなたがオーナーの血縁者であることは紛れもない事実なんですから」  鷲尾があまりにも自信満々に断言するものだから、彼の言うことは全て本当なのではとさえ思えてきそうだった。  彼の言うことを真に受けてはいけない。こういう人間はきっと、いわゆる洗脳だとか、人を自分の思うままに誘導させることが上手いはずだ。  それに、なんだか、この男は──このクラブにいる誰よりも、危険だ。  確証はないのだが、想悟はどうにもそんな気がして、警戒を強めた。 「……じゃあ聞くが、仮に……仮に、俺がその、オーナーの血縁者だとして。どうして、クラブを継ぐ必要がある? 後任なんて、クラブの人間の中で選べば良い話だろ。それこそ、あんたとか」  鷲尾が、何かを思案するようにわずかに眼を細めた。  鷲尾はこのクラブで権威ある地位にいる人物なんだろう。  さっきも自分より強そうなあの蓮見という男を顎で使っていたし、勝手気ままそうに見える柳だって大人しく命令を聞いていた。  もしも本当に想悟にこの施設を継がせたいのだとして、一介の人間にその説得役を任されるとは思えない。  もしかして、オーナーとやらだってただ死んだのではなく、鷲尾が殺したのでは──そんな考えさえ浮かんでくる。 「それは、オーナーの遺言なんです」 「遺言?」 「ええ。…………このクラブは、化け物に継いでもらわねばならない、って」 「っ…………」  はたから聞けば意味のわからないことなのに、想悟はその言葉に過敏に反応してしまっていた。  化け物、化け物、化け物。  想悟が物心ついた頃からふと、違和感を感じてきたこと。普通の人間と違うこと。  まるでこの世に存在しているのが悪いことだと思うような────ありえないこと。 「確かに、私も候補ではありましたが。でも私は残念ながら普通の人間ですから、それではオーナーの意志に反することになりますし、スタッフも、会員の皆様も納得されないでしょう」 「……俺が、化け物だって言うのか……」 「そう」  低く声を絞り出した想悟に、鷲尾が顔を寄せてきた。  唇が重なりそうなくらいの距離で、鷲尾はじっと想悟の瞳を見つめる。  彼の瞳は薄暗い色をしていた。下手をすればこちらが吞み込まれそうな闇がそこにあった。 「だって、そうでしょう? 人の思考が手に取るようにわかる能力なんて……そんなの」

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