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序章5-3

 霧島家の人間だと言いながら、本当は孤児だとか、名前も知らない実の両親とか。  そんなことが吹き飛んでしまうくらい、己の一番恐れること。  それを言われそうな気がして……想悟の中で、自制していたなにかがぷつりと弾けた。 「うるせぇ……うるせぇんだよお前っ! 黙って聞いてりゃふざけたことばっかりほざきやがって! お前に俺のなにがわかるって言うんだ!? 俺の苦しみなんかっ……わかってたまるか! 解けよ! 俺にこんな真似してただで済むと思うな! 俺は、霧島想悟だぞ! お前らなんて一人残らず正体を調べ上げてぶっ潰す! 必ず後悔させてやるからな!!」  感情が溢れて止まらなかった。どうしてこんな男にこうも簡単に言われなくちゃならないのか。  想悟は縛られながらもその場で必死にもがいて暴れた。椅子がガタガタと揺れて、バランスを崩しそうになる。 「おっと……ふふ、まったく、人の話は最後まで聞くものですよ」  鷲尾は椅子を押さえて、よしよしと想悟の頭を小さな子供にするように撫でる。 「俺はね、想悟様。あなたのことを……神に等しい人間だと思っているんです」  鷲尾はいつも使っているんだろう一人称に切り替えて、優しげに言った。 「か、み…………?」  信じられない言葉だった。鷲尾に言われたことをそのまま繰り返してしまう。 「俺は幼い頃に両親を亡くしていますから、オーナーの子供代わりのように育ってきました。このクラブもいずれ俺のものになると思って生きてきました。でもそれは違った。この俺を差し置いて、いくら血が繋がっているとはいえ今まで何の関わり合いもなかった人間を呼び寄せるなんてありえない、そんな奴殺してやりたいとも思いましたよ……最初はね」  背筋が凍るような含みを持った言い方をしながら、鷲尾はニタァッと口角を吊り上げた。 「俺は強い人間が好きなんです。人間離れした力を持つ方だというならなおさら。想悟様のようなお力を持っていたのは、なにも想悟様だけではありません。このクラブの支配人──神嶽修介(かみおかしゅうすけ)と名乗っていた方も、そうなのですよ」 「神嶽修介……つ、司をあんな風にした男が、俺と同じ力を……?」 「あはっ、興味出てきました? きましたよねぇ? 自分のような力を持つ人間なんてこの世にもう一人としているはずがないと思ってたんですもんねぇ? 本当にいるんですよ、うひひっ」  鷲尾の態度が、だんだんと変わってきた。  表面的な言葉こそ丁寧なものの、その人を馬鹿にするような喋り方や、心底嬉しそうに目をギラギラと輝かせ、口端を上げた表情は生理的な不快感を覚えた。 「俺ねぇ、見ちゃったんですよ。ありえない力を持った人間がいる科学的データと、到底あの方が常人とは思えない現実をね」 「ど……どういうことだ」 「オーナーの研究室で、彼の遺品の片付けをしている時に見つけたのですよ。そこでこの遺伝子調査結果……つまりあなたの存在も知ったのです。まさか今は行方をくらましている支配人が調べていたのが、あなたのように初々しい好青年だったとは、いやはや驚きましたよ」  鷲尾は依然として楽しげに語っている。にわかには信じられない話だ。  同じ能力を持つという神嶽という男。  司の心身をあそこまで変貌させた彼は、この狂った施設の支配人であり、現在は想悟の調査の為なのだろうか、ここを留守にしている。  その男らしき人間とは、想悟はいくら頭を捻っても記憶になかった。こちらの知らぬ間に監視していたということだろうか。  しかし、何故だか何となくは男のやることに合点がいった。  自分はこの能力を極力使わず、日陰を選んで生きていたが、もしも別に同じ力を持つ人間がいるとすれば、それを最大限に使って悪事に手を染め、相応の立場に君臨することを望む者がいてもおかしくはない。  何事も、結局は力を使う人間の問題だ。  だが、それにしても彼は何をしたかったのだろうか? そうしてオーナーに恩を売っておきたかったのであれば、彼が亡くなった現在はとっくに戻って来てその地位を継げばいい。  鷲尾がここまで言うのだから、神嶽はクラブ内でも信頼はあったはずだ。それに異常な能力を持ち得、オーナーの遺言というものにも当てはまっている。  彼がいれば何の問題もない、むしろ想悟は完全な邪魔者だ。  なのに、何故? 自分が選ばれたのだろうか? これはいったい何の因果だというのか。疑問は新たに湧いてきて止まらなかった。  常識外のことばかりを言われ、頭が沸騰しそうな想悟の心情を見透かしているかのように、鷲尾はそっと優しく抱きしめてきた。 「大丈夫ですよ。ここでは誰もあなたを非難などしない。あなたは一人じゃないんです」  読心という生まれ持った力を意識してしまったからかもしれない。  清い父親以外の心の声など聞きたくないと、長らく封じ込めていたものが、鷲尾に触れられたその身から、聞こえてしまった。  普通の人間が持っていない感覚器官で。能力で。それを感じた。 (……想悟様。クラブはどんな人間も歓迎致しますよ。あなたが真に輝ける場所は……ここです)  想悟が“心を読んだ”ことを悟ったように、鷲尾はひときわ満足げな笑みを浮かべた。

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