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序章5-4

 想悟は鷲尾に用意されたクラブの広い自室に案内された。会員やスタッフの為に設けられている宿泊施設だという。  大方の話が済んだ後の鷲尾は優しかった。  ……と言うには語弊はあるが、少なくともあれ以上想悟が不快に思うことは言わなかったし、されなかった。  ようやく拘束から解放されて、部屋に一人だけになった想悟は、ほんの少しではあるが緊張の糸が解けた。  だからといって何かする訳ではなくて、いや、する気にもなれなくて、キングサイズのベッドにうなだれるようにして腰掛ける。  こんな得体の知れない場所で休むなんてどうかしているとも思ったが、心身の疲れはどうしても襲ってくるもので、気付けばそのまま横たわっていた。  今はとにかく、自分の身に起きたことを整理したい気分だった。  自らの身体を抱くようにして毛布にくるまった姿は、我ながらホラー映画でも見た後の子供みたいで……情けなかった。  物心ついた頃から、自分が孤児であり、それを哀れに思った蔵之助が引き取って養子にしてくれたのだということは常に聞かされてきた。  それをコンプレックスに思ったことも数知れずだが、そんな赤の他人を歴史ある霧島家の長男として育てる強い覚悟を持った蔵之助の、もしかすると普通の家庭では味わえなかったかもしれないそれはそれは大きな愛情を注がれて育った想悟は、今の環境を誇りに思っていた。  ──でもそれは、所詮は強がりだったのかもしれない。  鷲尾に肯定されたことで、思考が止めどなく溢れ出てくる。  ここまで自分を守り育ててくれた父には感謝している。血の繋がりはなくとも、本当の親子関係でいられるとも思っている。  だが、自分がどこの馬の骨とも知れぬ孤児であるということは変えようのない事実だ。親にさえ必要とされなかった人間なのだ。  実の親は想悟を育てる金がなく、金持ちそうな家の子になってもらうためにわざと霧島家を選んで預けたのではないかなんて言う人間もいたが、だから捨てて良いなどという話があるだろうか。  それに、本当にオーナーとやらが父親なのであれば、どう考えても金には困っていないように見える。  何のつもりで捨てたかの真意は定かではないが、いったん用済みと判断した自分を、必要になればまた呼び寄せる。そういう魂胆だろうか。  “生物学上の両親”になんか何の良心も湧きはしない。むしろ憎い相手だ。  想悟は自身の存在意義というものを人より考えることが多い。  それもそのはずだった。ただでさえ生まれや家庭環境だって人と違うのに、こんな風に、人間として決定的に奇妙な能力があるなんて。  クズはクズなりにやるべきことがあるとでも? だとすればこの能力は残酷すぎる。  誰も信用するな、利用しろ、邪魔をする者は全て己が贄とすればいい、そう言っているようなものではないか。 「バッカじゃねぇの……」  ふいに涙が溢れて、地を這うような声で呟いていた。  悔しかった。自分が自分であるせいで、こんな場所に連れて来られて。  できることなら普通に生きたかった。  それが無理ならもっと早く、自分が何であるかわからない内に死にたかった。 「神…………」  鷲尾に言われた言葉が脳裏に蘇ってくる。  能力あるものはみな平凡な者からは理解されず孤独であるものだ。  蔵之助だって、霧島家の名に驕ることなく常に一般庶民の目線から仕事をしてきた人なのに、想悟を養子にしたことで、無能な親戚共からは家を潰す気かと厳しく非難された。  想悟はそんな父の姿を見てきたから、いつか誰もが認めてくれるような立派な人間になって、父を安心させてやるんだと、そう思って頑張ってきた。  ──もしも。もしもの話だ。  自分は最初から人間によく似た違う何かで、鷲尾の言うような特別な存在なのだとしたら。 「……は。はははっ……」  我ながら、どうしてこんな馬鹿げたことを思うのだろう。もう笑うしかなかった。  だが、そう思うことが、今の自分にとって一番の救済のような気がして。  数多の人間が犠牲になったのであろう地獄のような施設の中で、想悟は日常の終焉を、その身でひしひしと感じていた。

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