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序章6-2
「おや、想悟様。おはようございます」
「……お前……」
軽々しく話しかけてきた男を見た瞬間、ただでさえ鷲尾のせいで苛々しているというのに、またもや不満がふつふつと込み上げてきた。
昨夜、想悟を羽交い締めにした蓮見という男だった。
このスキンヘッドにサングラス、それに屈強そうな肉体というまったくもってわかりやすい強烈な外見は一夜では忘れようもない。
「おおっと、もう何もしませんからご安心を」
キッと睨んだ想悟に、蓮見はわざとらしく両手を上げてその言葉の信憑性を示してみせる。
「こいつ、こんななりはしていますが、俺と同い年──想悟様より三つ年上というだけの、楽しい男ですよ。仲良くしてあげてくださいね」
「はぁ……鷲尾さん、あんまり余計なこと言わないで。俺もう嫌われてますってば。ついでに鷲尾さんもね」
蓮見は手を下ろしながら残念そうに笑う。仲が良いのはこの二人の方だった。
鷲尾が「まさかぁ、俺のどこに嫌われる要素があるんですか?」と言って想悟に同意を求めてきたので、それには思い切り無視をしてやった。
「そうだ蓮見、柳はどうした?」
「ああ、さっき起こしに行ったらグースカ寝てましたよ。昨夜の宴は想悟様のおかげで本当に面白かったですからね、ちょっとはしゃぎすぎたみたいです」
「そうか、是非とも紹介をしたかったんだけどな。想悟様とは気が合いそうだもんな」
人をあのような目に遭わせておいて面白かったなどとは、どの口が言えるのか。
それに、唾をかけたことも大して気にしていないらしい。子供の悪戯とでも思っているような感じだ。
昨夜のことを思い出しているのか、ニタニタと口元を緩ませる凶悪な顔をした蓮見に、想悟は改めてゾッとした。
そんな蓮見と対等に話をしている、見た目だけではとても温厚そうな鷲尾にもだ。
「……お前らなんかと仲良くする気なんて毛頭ないからな」
疲れ切った声で言うと、鷲尾と蓮見は互いに視線を合わせ、やれやれと肩を竦めて笑った。
「ほらっ、なにを突っ立っているんですか? 外に車を用意させていますから、想悟様も早く可愛い生徒達にそのお顔を見せてあげてくださいな」
それもそうだった。今は、とにかく早く、この薄気味の悪い場所と人間達から離れたい。
そして、ただ一人絶大な信頼を寄せる父に会って、この荒んだ心を癒してほしい。
「霧島蔵之助に助けを求めようしても無駄ですよ。既に面会は許されておりませんので。と言っても、今はこちらで二十四時間監視しておりますから、どうかご安心ください」
焦れた歩幅で歩きだす想悟の歩が止まる。
自分だけが犠牲になったのかと思いきや、このクラブの人間は、あろうことか父を人質にしている。
「念のため申しておきますが、このクラブについてあなたが知ったことの全ては、一切他言無用ですよ。ふふふ、あなたの大切な“お父様”の死期が早まってしまうかもしれないことだけは、お忘れにならぬよう」
「…………クソ野郎が」
鷲尾の優男顔を拳で殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られたが、この圧倒的に不利な場所で暴れるのはさすがにまずいことくらいわかっている。
安心はできないが、鷲尾の言い分からすると、父をどうこうしようとしている訳ではないらしい。
全てはこちらの言動にかかっている。
それなら、下手な真似をしない限りは、ひとまずは危害は加えられないと思った方がいいだろう。
「もし父さんに手出ししてみろ。俺がお前らを必ず殺してやる」
精一杯にドスの効いた声音を絞り出したが、鷲尾達からすると、子供の強がりのようにしか聞こえなかったらしかった。
ここではどうしてもいつもの調子が出ない。
人生で初めて、絶対に越せない壁を知ってしまったような挫折、敗北感。そんな不甲斐なさを感じた朝だった。
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