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序章6-3
スタッフの運転する車で学園近くまで来た想悟は、そこから徒歩で学園に向かい、正門をくぐると真っ先に学園長室に向かった。
腹の底から怒鳴り出したい気持ちをどうにか抑えてドアをノックすると、世良は穏やかに想悟を迎え入れる。
世良はもちろん学園長としてデスクに踏ん反り返っている。
昨日まではお優しい学園長だと思っていたのに。今はそんな何でもないような顔をして学園に居座る世良が腹立たしかった。
「やあ、霧島先生、おはよう。少しは事態を飲み込めたようだね。それで、何を聞きたいのかな」
「何故あなたのような人があんなクラブに……」
昨夜のことを問い詰めてやろうと考えてはいたが、相変わらずにこやかな世良を前にしてみると、それだけ聞くのが精一杯だった。
「フフフ、これでも僕はクラブ設立当初からの会員なんだよ。新参者とは格が違うのさ」
世良はクラブの古株だったという訳か。クラブからの信頼が厚いことも頷ける人間である。
「オーナー……君の父君とも苦楽を共にしてきた仲でねぇ」
「見ず知らずの犯罪者を勝手に父親だなんて呼ぶのはやめてください。俺の父は今までもこれからも霧島蔵之助ただ一人です」
「おやおや、禁句だったかね。すまないね、もうクラブではみな君のことを敬愛すべきオーナーの遺児と思っているものだから、ついね」
そう言って世良は、想悟が何も知らなかった時のように温和な笑みをその外面の良い顔に湛えている。
もうあのクラブ中でそんな風に思われてしまっているだなんて。想悟は背筋が凍るようだった。
「いやはや、君のように優秀な青年が今後クラブを導いて行ってくれると思うと、今から楽しみだよ」
世良は自分勝手にクラブの今後を想像しながら、想悟に片手を差し出してきた。
信頼していたはずの学園長も、グルだった。
当然のように話す世良に、想悟は改めて煮え滾るような怒りが込み上げた。
世良もそちら側の人間ということは、最初から鷲尾らに拘束され、あのような惨劇を味わわされたのちに脅されることを知っていたのだ。
全て知った上で、優しくしてくれていた……今まで幾度となく味わってきた、信用する人間からの裏切り。こんなものは、慣れるものではなかった。
だから読心能力を持つ自分なんて嫌だったのだ。人の知りたくないことまで知ってしまう運命にあるとでもいうのか。
想悟は世良の握手に応じることはなく、ありったけの敵意を剥き出しに世良を睨み付ける。
「あなたは……学園を乗っ取るつもりですか?」
世良がフッと小さく笑った。
「乗っ取るだって? まさか、そんな図々しいことは思っていない。僕はただの監視役だよ」
「監視……」
「まあ、もしもそうなるとすれば、それは君自身が実現することになるのかもしれないがね。……おっと、もうこんな時間か。さて、仕事を始めるとするかね。君も早く教室に行きなさい、生徒の貴重な学びの時間を潰してはいかんよ霧島先生」
世良はわざとらしく咳払いをして、この期に及んで教師じみたことを言った。想悟も渋々、学園長室を出る。
乗っ取るだなんて、いい加減なことを言うのも大概にしてほしかった。
確かにこの学園は霧島家の先祖が創設したとはいえ、経営はずっと西條家に任せていたので、もはや霧島が口を出すいわれはない。
……しかし、その西條家が経営から撤退した今、世良が学園長でいるということは、つまりは現在の理事長──いやもしかすると、理事会全体もクラブの息のかかった者ということになる。
確かにそれだけは許せなかった。そんなことがまかり通るならば、再び明皇学園を霧島家の手に取り戻したいとさえ思った。
例え同じことだとしても、これは彼らのやっているような支配とは違う。
全てを元に戻すだけだ。
この学園を得体の知れぬ者たちの手から守ることが、想悟が霧島家の子息として、できることだった。
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