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序章7-1 ※グロ描写
その日は一日中、仕事が手に付かなかった。
終業後、誰にも気付かれないようにこっそりと、春から一人暮らしをしている自宅マンションへ帰ろうとした想悟であったが、朝と同じ黒塗りの車が待ち構えていた。
クラブの回し者であることは間違いなく、ずいぶん徹底していることだと呆れもした。
想悟は半ば無理やり拉致されるような形で、渋々クラブの自室へ帰ることになった。
自室で持ち込んだ夕食を食べてみても、なんだか味がせず、食べた気がしなかった。
何故自分がここにいるのか、不思議にさえ思ってしまった。
初めて来た夜よりは落ち着いた気持ちではいられたが、冷静になったというより、あのようなおぞましい目に遭って、想悟はすっかり元気をなくしてしまった。
司の他にもああやって凄惨な目に遭った人間が大勢いるのだろうとは容易く想像できる場所である。
いったいどれだけの怨念が染み付いているかわからない。壁紙や絨毯の深紅は、まるでここで流された血の量を表しているかのようだ。
ここにいては、生気を吸い取られても仕方がないと思う。
疲れ切った想悟を見かねた鷲尾が言った。
「想悟様。今夜はこのクラブを探検してはみませんか」
「……探検?」
「ここには、素晴らしい施設がたくさんあるのですよ。あなたとは深いお付き合いとなる場所ですから、是非ともご案内させていただきたいのです」
とてもそんな気にはなれない。だが、どうにかして息抜きはしたい気分だった。
このまま気分が沈んでしまったままでは、日常生活に支障が出るかもしれない。
せっかく叶った教師という夢を、こんな滅茶苦茶な輩のせいで台無しにされたくはなかった。
「……そうか。まあ、そのくらいなら、いいか」
「恐れ入ります」
きっとこのように無法がまかり通るクラブでは、表には知られたくはない情報だって山ほどあるだろう。
それを知ってしまえば、今以上に身の危険……いいや、父の危険だって増すことになるかもしれない。それを考えれば、一人でウロウロとするわけにもいかなかった。
想悟は気に入らない鷲尾をお供に探索することにした。
だが、クラブは想悟が思っていたよりもずっとずっと、大規模な場所であった。
想悟の人生が一転してしまった、あの大広間。広間よりはこじんまりとした、落ち着いたVIPルーム。
冷暖房、風呂トイレ、テレビ、冷蔵庫──奴隷を部屋に呼んで楽しむ為だろう責め苦のアイテムの数々や、それらが完備された、至れり尽くせりの会員用宿泊施設。想悟にあてがわれた部屋は、これのスタッフ用だ。
いつもそこで悪逆非道の計画を練っているに違いない会議室に、プライバシーはどこへやら、大量のモニターが並ぶ監視室。
殺人をもいとわない施設で必要なのかとも思ってしまったが、きっちり病棟まである。
肉体的な責めをやり過ぎてボロボロになった奴隷の治療や、諸々の非合法な研究の為に欠かせないらしいのだ。
所詮は使い捨てるとわかっていながら、そうして時には癒しを与え、ギリギリまで生かす。ほとほと地獄のような施設だった。
封鎖された研究室は、異様な雰囲気を醸し出していた。
オーナーの逝去後、部屋の整理は鷲尾がしたらしいが、想悟はそこに足を踏み入れることはできなかった。
非合法な人体実験を喜んでしてきたという人間がこもりきりだった部屋など、どんなものが待っているかわからないというのが一つ。
もう一つは、父親──いや、そんな風になんか絶対に思いたくはないが、一度聞いてしまえばどうしても頭の隅には浮かぶもので──“生物学上の父親かもしれない”男の人生が詰まっていると言っても過言ではない空間に入るなど、考えるだけでゾッとしてしまったからだ。
その他にも意外だったのは、映画館やカジノなどの娯楽施設であったが、それは仮初めの姿なのだろうとすぐに察した。
そんな中でも、特に酷いのはエレベーターでさらに地下深くまで降りていった先の、最下層だった。
一糸纏わぬ姿の人間達が檻に繋がれ、まるで凶悪犯を捕らえておく為の監獄。
あの中には本当に罪を犯した許しがたい者もいるのかもしれないが、そのほとんどは何の落ち度もない哀れな人間だろう。
そう、本当に哀れだった。目や舌、手足の一部が欠けていたり、四肢をもがれてマネキンのように転がっていることしかできない者。
もはや何の為に生かされているのかわからないほどに、肉体をおぞましく作り変えられてしまっている者。
時折、そこまで酷い状態ではない者も見受けられたが、そういう者は決まって想悟が通り過ぎると反応はしてくるものの、声帯を潰されているのか声を出すことはなかった。外面だけではわからない改造を強いられている場合も多いのだろう。
全てに言えるのは人間の扱いなど受けていないということだ。
調度品、家畜、性欲処理の便器。もしくは、それ以下か。
あそこだけは、どうしても隅々まで見て回ることができなかった。
そこかしこから拷問を受けているのだろう絶叫とスタッフと思しき淡白な声が聞こえたかと思えば、気絶したのか、死んでしまったのか、異様なほどしんと静まり返る時だってある。
こんなところ、もう耐えられない。
顔を覆い、耳を塞ぎ、涙を流してうずくまってしまう──ことができたら、良かったのに。
想悟の意思に抗うように、素直な肉体は熱を持ち始めてしまう。
明らかに性的興奮を覚えていた。まさか自分がこれだけ残虐なものにも欲情するとは思っていなかった。
これ以上見ていたら……想悟は自分が自分でなくなってしまう気がした。
踵を返してメインフロアへと戻った頃には言いようのない倦怠感に苛まれ、よろよろと廊下の壁に手をついた。
すかさず鷲尾が支えにきたが、その手は払いのけてやった。
「申し訳ございません、一気に見せ過ぎましたね。さぞやお疲れでしょう」
相変わらず疲れなど感じさせない顔で、鷲尾はひょうひょうと言う。
「そりゃ……あんなものを見ていたら誰だって疲れるだろ」
「と言っても、好奇心旺盛なお子様のようにも見えてしまったものですから、俺もついつい」
「好き勝手言いやがって。気のせいだ」
「そうですか。では、先ほどから歩きにくそうにしていらっしゃるように見えるのは、俺の気のせいですか? 常人でしたら縮こまってしまうかとは思うのですが、まあ男たるもの誤作動をすることもありますからね」
「……てめえ、それ以上言ったらぶん殴るぞ」
「ああ、乱暴はやめてください。こわいこわい」
ふざけた態度を崩さない鷲尾。
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