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序章7-2

 ふいに、きゃっきゃと甲高い声が聞こえたかと思うと、想悟と鷲尾の横を二歳にも満たなさそうな幼子がよちよち歩きで過ぎていく。その後を黒服が追った。  ずいぶん楽しそうにしていたから、どうやら黒服と追いかけっこをしていただけのようだ。大きな黒目が強く印象に残る、フリルのワンピースを着た愛らしい女の子だった。  何故こんなところにあのような歳の子供が? 不思議そうに見ていると、鷲尾が納得したように微笑む。 「あれは、奴隷生産機から産まれた子なのですよ。今はああして子供らしく優しいスタッフのお兄さん達に遊んでもらっていますが、今のうちにこのクラブに相応しい教養と礼儀を身に付け、いずれは素晴らしい奴隷となる予定です」 「奴隷……生産機……?」  聞くだけでも恐ろしい単語だ。  いくらこのクラブが非合法なことばかりやらかしているとは言っても、未だ機械から生命を生み出すことだけはできないだろう。  つまりは、あの子を死に物狂いで産んだ人間がいる。  それなのに。それなのに、あのような末路とは──。  やりきれない想いが込み上げてきて、いくらため息を吐いてみても気分はまったく晴れそうにない。  そんな想悟とは対極に、鷲尾は機嫌の良さそうな笑みを変えない。 「想悟様、このクラブの後任については、少しは考えていただけましたか」 「……いいや。どうして俺がこんなところに関わり合いにならなくちゃいけないんだ」 「残念ですねぇ。ここは本来、あなたにとって過ごしやすい場所のはずなのですが」  鷲尾はわざと困ったような顔をして、平然と言う。 「後任というから少々難しいのかもしれませんね。では言い変えましょう。想悟様は、いつでも好きな時に呼び出して思う存分ハメることのできる肉便器が欲しくはありませんか」 「な…………」  それから、想悟は三年前に、このクラブと明皇学園の間で起こった悲劇の全てを鷲尾の口から聞くこととなった。  全ての元凶はオーナーであり、支配人である神嶽が彼の命令で学園長として明皇に赴任していたこと。  そこで、生徒や教師を手篭めにしてこのクラブで売りさばき、あるいは拷問、殺人ショーの生贄としたこと。  その中には、想悟とまぐわった後に殺されたあの司に、心中した前理事長の実子である西條隼人、優子の兄妹もいたこと。 「会員の皆様にあなたを認めていただくには、まずは神嶽様と同じく奴隷調教くらいは施してもらわねばなりませんね。狩り場は既に世良様の目の届く明皇が良いでしょう。神嶽様のおかげで、あそこには手を出しやすくなりましたからね」 「ま、また明皇であんなことを……? しかも今度は俺が? 冗談じゃないっ。だいたい俺はオーナーなんかの子供じゃないし、ここを継ぐと決めた訳でも……」 「それはあなたが認めたくないだけでしょう。言ったはずですよ、想悟様。あなたに拒否権はありません。あなたが断固として抵抗するというなら、代わりに霧島蔵之助が死ぬだけです」 「…………っ」  空恐ろしい笑みを湛えたままの鷲尾にきつい語調で言われ、想悟は言葉を失った。  こんな脅しがなくとも、余命幾ばくもない父はじきに亡くなる。  けれど、それだけに、苦労をしてきた彼にはせめて安らかに眠ってほしいのだ。  そんな風に、他人に無理やり命を奪われるなんてことがあってはいけない。  しかし、神嶽のしたような奴隷調教とは、それこそ罪のない他人の心身を凌辱し、破壊するということである。  司のように、あの牢獄のような場所にいた人の形をしていない奴隷のように。何の汚れもない学園の人間を、己の手で淫らに変えてしまう。  そう思っただけで──下着の中が窮屈になった。  司との交わりを経て自覚した衝動が湧き起こり、想悟は無理やり感情を押し潰すように唇を噛み締めた。  想悟は、どうしようもなく凌辱と破壊の願望を持つ男だった。  物心ついた頃から、大勢の人の思考を読み取り、人間不信に陥っていたせいかもしれない。  あるいは、人より恵まれた家庭にいたせいでより強い刺激を求めているのか、またあるいは、生まれつきのものだったのかもしれない。  しかしそのような性癖を持っているとは誰が言えようか。  これではまるで、この組織を創ったオーナーとやらの血を引いていることを認めざるを得なくなってしまうのではないか。  安易に肯定も否定もできない想悟は首を振って逡巡した。  そんな想悟の胸の内を見透かしたように、鷲尾はニッと口角を吊り上げて想悟の耳元で囁いた。

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