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序章9-1

「すっ、すみませんでした!」  今日もまた、職員室に軟弱な守の声が響き渡っていた。  守は新堂に叱られ縮こまりながら、頭を深く下げて今にも泣きそうな顔をしている。  授業を終えた想悟は、またか、と思いながら自身のデスクに戻った。  それは想悟と守がこの学園に赴任してからの日課だったのだ。  頑固で几帳面な新堂は、鈍臭い守についついきつく当たってしまう節があった。  もちろん、新堂だって一教育者としてやみくもに叱っているわけではない。守にだって非はある。  どうにも、今日はどこの学校にも一人は存在する、いわゆるモンスターペアレントの対応に、ちょうど時間の空いていた守が対応したらしい。  しかし、守はこうして謝るばかりで、なおかつ、「それはお子さんにも問題があるのでは?」と、余計な口出しをしたらしい。  他人に文句をこねることが癖になっているたちの悪い中年女からすれば、守のような馬鹿正直は格好の獲物である。  事を重く見た教頭まで巻き添えになって、二人して数時間に及ぶクレームの嵐に耐え抜いたのだった。  ついこの間まで学生だった新社会人なのだから、誰でも大目に見てやろうと、一度や二度は思われる。  だが、それでも守が失敗を繰り返すからこそ、こんなにもネチネチと続いているのだ。 「まったくどうしてあなたは余計なことまで言ってしまうんですか……。今日は私がいたからいいものの、おかしな方向にこじれてしまったのはあなたのせいですよ。わかっているのですか」 「う、うぅ……それは……ほ、本当に、すみません……で、でもあの人、自分のことばかり棚に上げていて、なんだかおかしいなって思ってしまって」 「でもじゃありません。それが余計なのですよ。あなた、私の話をきちんと聞いているんですか? はぁ……これで下手な噂でも流れたりしたら、我が明皇学園の名が汚れてしまいます」  厳しく言う新堂と、ひたすらに困り顔を見せる守だが、想悟にとってはどっちもどっちといったような気分だった。  学園の名を気にする新堂の気持ちもわかる。  学園に関係する人物の不幸が相次いでいる今、入学や進学を見送る生徒が増えることにでもなれば、汚い話をすれば明皇の商売は上がったりなのだ。前理事長の親戚である新堂が経営面を心配しても仕方がない。  一方で、守の言い分もわかる。  クレームをつけてきたのは、この親にしてこの子、といったような相手だったのだろう。それなりに良心のある人間ならば、相手の注文に疑問を覚えても当然だ。  保護者の機嫌ばかりを伺って教育とは何たるかを忘れてしまう教師が多くなっている中で、恐れずに声を上げる守は教師の鑑と言ってもいいはずだった。  しかしそれにしても、守はなんだか情けない部分が目立っていた。  仕事でミスをすれば教員に謝り、他愛ない会話の中でからかわれれば年下の生徒にも謝り、あげく間違って踏んでしまった花にまで謝る始末。  優しい人だと好感を持ちたくはあるが、こうも頻繁に謝られてしまうと、鬱陶しいのが現実だ。  それに、あまりに同じ受け答えをしていると、その言葉の信憑性が薄れてしまうのではないかとも思う。  本人としては口癖になってどうしても直らないのか、それにさえ気付ないほどののろまなのかは定かではないが。  聞いているだけで苛々が募るのを感じながら、想悟は深いため息を吐いた。  そんなに謝るくらいなら、もっと上手く言い返すことはないのだろうか。できないならそれなりに、毅然とした態度で誠意を示せばいい。  ただでさえ弱そうな見た目をしているくせに、中身もそれでは生徒に舐められて当然だ。  事実、守自身は生徒と距離が近いと思っているようだが、生徒にとっては何でも言うことを聞いてくれる教師に他ならない。教師としての威厳など存在しなかった。  痺れを切らした想悟は、二人の間に割って入った。 「新堂先生、いびりもそこまでしてください。皆集中できなくて困っているでしょう。……守先生への説教は俺が引き継ぎますから。ね」 「いびりだなどと…………う、ううむ……わかった、今日はこれくらいにしておくが……。次からはきちんとやっていただかないと困りますよ、一之瀬先生」 「は、はいっ。ああっ、ちょっと、霧島先生っ!?」  想悟は守の腕を引っ掴み、もっと言いたげな新堂を残し、職員室を後にした。

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