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序章10-1

 鬱屈とする気分を少しでも晴らしたくて、とある日の昼休みは屋上にやって来た。  するとそこには、一足早く来たらしい誠太郎がいた。  ベンチに腰掛けてはいるが、ぶらぶらと脚を遊ばせて退屈そうだ。何度もため息をついて、幼い顔をむすっと不機嫌に歪めている。  だからこそ、誠太郎は想悟に会えて嬉しかったようだ。  想悟に気付くや否や、ぶんぶんと手を振って「せんせー!」とその小柄からよく出るかと思うほどの声量で叫んだ。 「せんせーせんせーお話しよー!」 「ああ……うん。いいよ」 「ほんと!? やったやったぁー!」  変わりない奴だ、と思いつつも、想悟は何故だか、誠太郎と話がしたい気分だった。  子供のように純粋な彼と話していれば、このよこしまな気持ちも失せてくるのではないだろうかと考えた。  今日はここで食べようと約束していた友人が風邪で休んでしまったそうで、誠太郎は一人寂しく昼食を摂っていたのだった。寂しがりの誠太郎には、さぞや苦痛な時間であろう。  お互いに利害の一致する二人は、思いきって芝生の上に座ってピクニック気分を楽しみながら、それぞれ購買で買ったパンとおにぎりを貪った。  それからは、服が汚れることも気にせずにごろんと芝生の上に転がった。なんだか、何も考えたくない気分だった。  青い空の下、生徒と二人、優しい太陽の光を浴びる想悟。  これで昼寝でもできたら最高だ、と思っていた矢先、「ていやっ!」とこれまたヒーローごっこでもしているかのような声を上げて、誠太郎が腹の上にのしかかってきた。 「いてぇ」  誠太郎は構わずに、その大きな瞳をぱちくりと瞬かせてこちらを覗き込んでくる。 「せんせーなんだか泣きそうな顔してるよ珍しいね? 元気ない?」 「うん……ちょっとな」  鈍い誠太郎にもばれてしまうだなんて、自分はどれだけ酷い顔をしているのだろうか。  いっそのこと泣きたかったが、年下の、しかもこの精神的に幼い誠太郎にそうやって弱い部分を見せることは、男としての自尊心が邪魔をした。  起き上がって誠太郎を再び隣にどかすと、想悟は言った。 「なぁ……凪。聞いていいか」 「うん? なぁに?」 「親はさ。どうして子供を作るんだと思う」  教育者として何たることを聞いているんだろうという自責もあったが、誠太郎の家族は皆、医師だ。  それも特に母親は産科医であるから、非常に真面目な話である。  誠太郎の赤い眼鏡の奥の瞳が、きょとんとした顔をする。 「子供? うーんうーん、どうして? うーん」  誠太郎は目に見えて悩んでいた。  医師一家の子息として勉強はそれなりにできるくせに、こういった話をしたことはない。  自らがこうして存在している理由など、考えたことはなかったのだろう。  しばしうんうんと唸って悩み、誠太郎は不安そうな顔をしながら想悟を見上げた。 「やっぱりお互いがお互いを大大大好きだからじゃないのかな。それでね大好きな人との子供ができたらすごく可愛くって幸せになれるからじゃないのかな」  何とも漠然とした答えである。  けれど、そうだ。子作りに高尚な理由なんて必要ないのかもしれない。  奇跡のような出会いをした男女が互いを愛し合い、そしてそんな二人の元に新しい命を授かる。それで十分ではないか。  想悟が生まれ育った環境ではよく聞いた話だが、愛などそうなくとも家族からのプレッシャーで跡継ぎをつくるものや、ただ遊びのセックスでできてしまう者だっているのだ。そうでなければ、この国の出生率は年々減っていってしまうものだろう。  生物学上の両親だってそうなのかもしれない。  あのような残虐な施設の主が、まさか普通の夫婦のように、一人の女を傍に置いておくなど考えられないし、人を愛する心を持っていたとも到底思えない。  とすれば、母はクラブの気紛れで攫われて凌辱され、その中でたまたま孕ませられた哀れな女であるのかもしれない。  それなら、捨てられたって当然だ──できるだけ考えないようにして生きてきた己の出生の裏側をあれこれ想像すると、足元がぞわぞわとして、鳩尾の辺りから酸っぱいものが込み上げてきそうになる。  顔も知らない二人の間に何があったかなど、今考えるだけ無駄なことなのに。  どう足掻いても、自分はここに存在してしまっているのに。  想悟は暗い思考を振り払うように頭を振って、誠太郎を見やった。

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