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序章11-1
「なーんか最近のあんたって、元気ないよな。顔色も悪いしさ」
登校して真っ先に、想悟の姿を見かけた和真が声をかけてきた。
すれ違ってきゃあきゃあと騒ぐ女生徒達に満面の営業スマイルをくれてやる和真は、相変わらずだった。
女生徒が去っていくと、大きなあくびをしつつ眠そうに目をこする。昨夜も遅くまで友達同士で遊び歩いていて、寝不足らしかった。
女の前ではそのような面を見せない辺りは、実に夢を大事にしている男である。
一方の想悟も、クラブを知ってからはずっと十分な質と量の睡眠は摂れていなかった。
ここ最近、学園を出て帰るのは無論、クラブの自室である。
自宅に帰してもらうことも増えたが、四六時中監視されていることを知ってからは、そこにも寄り付けなくなった。なんとも迷惑な話だった。
和真からも少々やつれたように見えるほど、今の想悟は参っていた。
「……そうか?」
「あ、さては二日酔いとか? 教師のくせに酒に呑まれるなんて恥ずかしくねーのかよ」
「……まあ、そんなとこ」
「……えっ、ちょ、あんたが言い返してこねーなんて、なんか、本当に具合悪そうだな」
和真の嫌味にも、軽くあしらうことしかできない。
そんな想悟に、和真は意外そうな顔をした。からかい甲斐のある担任教師にそっけなくされて、実につまらなそうである。
「それが歳ってやつか。うーわ、やっぱ歳は取りたくねーな。俺、永遠の十七歳でいたいよ」
「六歳しか変わらないだろ」
「だいぶ変わるぜ? 俺はまだ若いけど、想悟はもうオッサン」
「はいはい……」
思春期特有の悪態にうんざりとしながら、そっと和真の肩に触れる。
(……俺って、なんでこんな言い方しかできないんだろ)
ほんの一瞬、和真から聞こえた淀みのある声。
そこで、想悟は和真もまた自分のように元気がないことに気付いた。
何か重大な悩み事でもあるような、しかしそれをわざとふざけた態度をとることで、誰にも気取られないようにしているかのような、どこか違和感のある言動。
「財前……」
「うん? なに?」
「……いや、何でもない」
なのに表面には出さないもので、想悟は、和真のことが余計にわからなくなった。
放課後、どうにも和真の様子が気になった想悟は、用事があるとこじ付けて早く上がり、ひっそりと和真の後をつけることにした。
それは教師としての胸騒ぎだったのか、あのクラブへ放り込むべき生贄候補として見た下心によるものだったのかは想悟にもわからない。
学園を出た和真は、駅前の複合商業施設ビルにふらりと入っていった。
特に決まった買い物の予定はないのだろうか、一人でぶらぶらとウィンドウショッピングでもしているかのようだが、それにしてはなんだか虚ろな目をしている
そうして、しばしいろいろな店を見て回ったのちに、書店へ入った。
それからも和真は当てもなく店内を歩き回り、きょろきょろと辺りの様子を伺っている。見るからに挙動不審だった。
教科書や参考書の並んだ棚に来たところで、ふと和真の足が止まった。
何か良くないことが起こる気がして、想悟はすかさず携帯を取り出して物陰から彼の姿をムービーで撮った。和真はまさか担任に尾行され、映像まで撮られているとは微塵も気付かない。
さっと周りを見渡して、誰もいないことを確認すると、棚にあった本を適当に手に取り──あろうことか鞄に入れた。
決定的瞬間だった。教え子の犯罪行為を目にした想悟は、そこでムービーをストップし、和真の元へ駆け寄った。
「財前っ、いったい何をやってるんだ! 万引きなんて、馬鹿な真似はやめろ!」
「っ……! あんた、なんでここに……」
「なんでって、俺は教師なんだから、本屋に寄ることくらいあるだろ。それよりも、鞄にしまったものを早く出せ」
渋る和真に、想悟は無理やり開きっぱなしの鞄から先ほどの本を取り出した。
それは授業をサボるほどの勉強嫌いな和真が買うとは思えない、分厚い参考書だった。
「……なんだ、これ? お前、こんなことまでして勉強したかったのか? 俺にはとてもそんな風には見えなかったが……」
「……そ、それは……」
「このくらい買う金がないとは言わせないぞ。……何のつもりだ」
手首を掴んでいる手にほんの少し力を込める。
すると、和真はああもう、と自棄になったようにその手を振り払った。しかし、参考書は大人しく元の場所に戻した。
「……もういい。見つかっちまったもんは仕方ねーからな。け、警察に突き出すなり何なりすりゃいいんだ」
「えらく素直なんだな」
「ま、まさか教師に見られてたら……もう悪あがきしてもどうしようもないだろ」
「でも……俺は今ここでお前をどうこうする気はないぞ。なあ、いったん外に出て話さないか」
もちろん、学園としても生徒の不祥事は避けたいという理由はあるが、想悟はそれ以上に何故あの和真がこのような行動をとったのかが知りたかった。
驚く和真の手を引いて、想悟は早歩きで書店を去った。和真は大人しく、連行されるかのように浮かない顔をしていた。
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