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 広間では今日もまた饗宴が繰り広げられている。  VIP席に座った想悟は悪酔いした会員達に挟まれ、絡まれて、半ば縮こまるようにして阿鼻叫喚の舞台を見つめていた。  このクラブでは性別の垣根はないのだろう、比較的若い男女が入り乱れては、スタッフ達に道具で嬲り犯されている。  休日などはほとんど軟禁状態のようであった。  悪趣味なショーを見学させられ、そのたびに股間が膨らんでしまっては、気まずい思いをしたものだ。  参加こそしなかったものの、想悟の疲れた心は、これから自分もこのように人を苦しめる立場に回ることになるのか──と、おぞましい犯罪行為へ加担する方向に偏りつつあった。  周りを見渡せば、目の前の凌辱に辛抱堪らなくなったのか恥ずかしげもなく逸物を取り出して扱いている者も大勢見受けられる。  気に入った奴隷娼婦をテーブル席に呼びつけてそのまま乱交に耽る者もいる。  そんな混沌の中でも、想悟と同席した者達のように平然としている者達もいて、よくもまあ悠長に酒が飲めるかと感心する。 「なんだ? 抜きてぇなら我慢しなくていいんだぜ、想ちゃん」  派手な外見をした小柄な青年、あの蓮見の幼なじみだという柳はそう言って笑いながら、バシバシと肩を叩いてはからかってくる。  こちらはほとんど会話をしたこともないというのに、どうにも距離の詰め方が近く、馴れ馴れしかった。  ある意味では、そんな柳だからこそ、想悟も下手に物怖じせずに接することができるのかもしれない。 「うるさいな。そんなことしねぇよ。それに、その、想ちゃんって呼び方、やめろよ」 「そんくらい良いじゃねーかよ。まー確かに今のクラブにとっちゃあんたは特別な人間なんだろうが? 実際問題オレのが年上だしよ。つか、オレらの仲だろ、水臭いぜ」 「俺はそんな仲になったつもりはないし、なる気もない」 「つれねぇなぁ」  柳は低く喉奥で笑って残念そうにしながらも、あちらこちらへと関心が移ってしまうようで、次の拍子にはまた別の奴隷と会員とのまぐわいに興味を示しては、まるでただのバラエティー番組でも見ているかのように手を叩いて笑っている。  笑いの沸点が低いのだろうか。それともこうして他人を下に見て優越感を得ることが癖となっているのか。おそらく両方だ。  ショーという名の無慈悲な輪姦拷問レイプを、柳は会員らと共にギャハハと腹を抱え、涙さえ流して心の底から愉しんでいた。  柳よりはまだ感情を表に出さないにしても、それは蓮見も同じだった。  堅気ではないとわかる外見の通りに、やはりその身を反社会的暴力組織に置いているようだ。  表向きどんな職業に就いているかもわからない、ビジネスを徹底する鷲尾も。  このクラブの人間は皆、倫理観など存在していなかった。まさに無法地帯と呼ぶに相応しい恐ろしい施設だった。 「柳、ちょっと想悟様を借りるな」 「うっす、んじゃまた後でな」  そんな二人の間に割り込んできた鷲尾は、「話がある」と想悟にアイコンタクトをとった。想悟も渋々従った。  上層のスタッフ席へと連れて来られた想悟は、座り心地の良いソファーへと腰を下ろしてふう、と大きく息をついた。  不本意ながらも、凄惨な凌辱は見ているだけでムラムラとしてたまらなく、どっと疲れてしまう。  ハードなSMや拷問を実際に目にして、よもや自分がここまで興奮する人間だとは思っていなかった。  自己嫌悪に陥るその反面、倒錯した願望を叶えるせっかくのチャンスを無駄にするなと悪魔が囁いているような気さえする。  時にオーナーもこうして眺めていたというこの席から頬杖をついて広間を見下ろしながら、想悟は傍らに立つ鷲尾を目だけを動かして見上げる。  鷲尾はオーナーにもよくそうしていたらしく、「お疲れでしょう」とお節介にも肩を揉んできた。  振り払おうともしたが、身体のだるさには逆らえずに、そのまま彼の好きにさせることにした。 「だいぶこのクラブにも慣れてこられたようですね。安心致しました」 「……そうだな。こんな風に訳のわからない場所にも適応してくるなんて……自分で自分が怖いよ。人間って、案外単純な生き物なのかもな」 「おや。ずいぶん素直にもなられて」  鷲尾は意外そうな目を向け、肩を竦めた。  このクラブに足を運ぶ回数が増えるごとに、やはり鷲尾の言うように慣れてきているのだろうか、初めて自分の全てを受け入れてくれる居場所を見つけたような、得も言われぬ居心地の良さも感じることは事実だった。  ここに居ると、顔も見たことのない両親のどちらか──恐らくは父親だろう──の遺伝子を色濃く受け継いでいることを納得してしまいそうになる。  こんな奴らと同類だなんて思われたくはない。司の件は、錯乱状態だったのだから、意図しない反応をしてしまっても仕方なかったのだ。  自分にとっての父親は霧島蔵之助だけである。  まさかこのような狂った施設の主の血を引いているなどとは、絶対に信じたくはない──けれど。  ショッキングな体験をさせられ、頭の整理もつかないまま様々な情報を与えられた想悟は、自分でもどうしたいのかわからなくなるほどに揺らいでいた。

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