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序章12-2 ◆序章完結。ルート分岐
「それで、奴隷候補の進捗はいかがでしょう」
「……どうだろうな」
「気になる人間はいるといった顔ですね」
「…………」
はぐらかそうとしたのに、一瞬でばれてしまって想悟はバツが悪くなる。
つくづくこの男は人を弄ぶのが上手く、腹立たしい人間だ、と想悟は思った。
確かに心に引っかかる人間はいると言えばいる。
自分の受け持つクラスで一番の人気があり、一番の問題児でもある、財前和真。
そんな和真と仲の良く、妙にこちらに懐いている、やはり問題行動の目立つ凪誠太郎。
厳格な教師陣の中で唯一、一般家庭の出身で浮いた存在である一之瀬守。
そして、現教頭であり、学生時代の想悟の担任でもあった新堂直正。
しかしながら、彼らをそんな風に見たくない自分も当然いる。
可愛い教え子に、うまく付き合えば良き友人としてやっていけそうな同僚。一時であっても恋愛感情を抱いたことのある上司。
どれも想悟が日常を生きていく中で大切な者達だ。
だが……もしも、それ以外に道はないというのなら、その時は──。
考えただけで、想悟は胸の中に、吐き気を催すような醜い感情がじわじわと湧き上がってくることに気付いた。
想悟が眉間にきつく皺を寄せて難しい表情をしているのを見て、鷲尾はふふんと余裕に笑った。
「調査が必要でしたら何なりとお申し付けください。産まれた病院から普段どんな恥ずかしい性癖を持つかまで、洗いざらい徹底的に調べ上げますので」
「……そこまではしなくてもいいけど、まあ……なんだ。そういう情報も、少しはあった方が役には立ちそうか」
「お任せください」
鷲尾は頼り甲斐のありそうなよく通る声音で言った。
何もかも彼の思い通りになっているようで、なんだか悔しかった。
「なあ、鷲尾」
自分から話しかけて、想悟は少しだけ後悔した。
けれど、鷲尾は相変わらず胸の内を見透かすかのような胡散臭い笑みを向けてくるもので、聞かずにはいられなかった。
「……神嶽修介のことが聞きたい」
「答えられる範囲で、なら」
「その……神嶽って奴は、俺と同じ能力を持っていたんだよな。なら……少しは俺みたいに……悩んでいたりしたのかな」
鷲尾は今はここにいない上司のことを思い出しているのか、顎に手をあてて少し考え込んだ。
わずかに目を伏せるその瞳の鋭さは、よく観察すれば恭しく付き従う従者のそれとはまったく違うことがわかる。
自身の目的の為ならばどんな犠牲をもいとわないハンターのごとく、ギラリと薄気味悪く光る目だ。
「そうですねぇ、これはあくまで俺の個人的見解ですが……。あの方はいつでも俺には想像もできないような遠い未来を見ていたような気が致します。今のあなたのようにうじうじと……いえ、慎重すぎるということもありませんでした。常に己が力に自信を持っていらっしゃったのだと思います」
「……なんだよそれ……」
ずるい、と思ってしまった。
自分はこんなに悩んでいるのに。苦しんでいるのに。
生まれつきこんな得体の知れない能力があって、捨てられて……しかもその血の繋がっただけの親のせいで、このクラブの陰謀に巻き込まれて。
何よりおぞましいのは、自分がそれを乗り気になりつつあること。
そんな自分が──心底大嫌いなのに。
なぜ彼はそこまで我が道を生きられるのだろう。彼には雑念が湧くことすらないのだろうか。
それこそ人間ではない何かのようだ。自分が彼の立場なら、きっと耐えられない。
「そう気を落とさずに。想悟様は、今の想悟様だからこそ魅力的なのですよ」
「……全っ然嬉しくない。しばらく放っておいてくれ」
「やれやれ、思春期真っ只中の子供みたいですね、想悟様」
「…………」
わざとらしく冗談を言う鷲尾に、今度は反論できなかった。本当にそうだと思った。
神嶽という素性の知れない男に、嫉妬とも言える感情を抱いた。自分の幼稚さに反吐が出そうだ。
それでも、彼とは違う人生を生きてやる。そして、オーナーの言いなりにもならない。
歪んだ行為であることは確かだが、クラブの望む奴隷調教とやらさえこなしてしまえば、クラブは想悟に借りができる。そうすれば下手に文句も言えまい。
今の自分に残されているのは、クラブには屈しないという意志を証明する道のみだ。
これはきっと、蜘蛛の巣にかかった蝶のように逃れられない運命。選べるのは二つに一つ。
想悟は、大切なものを守る為に、このクラブに身を投じることを──その為には他人の人生を踏みにじっていく決意を、その不安定な心で誓いつつあった。
◆
※序章完結。
各キャラルートへとお進みください。
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