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一之瀬守編1-1
ちょっぴり気弱で鈍臭いけど、誰にでも優しい守先生。
そういう人間が想悟は大嫌いだった。
特に、優しいと言えば聞こえはいいが、“誰にでも当たり障りなく接している”というところは、読心能力を持っているが故に疑心暗鬼になっている自分を見ているようでもあって、余計にムカムカしてたまらなかった。
一之瀬守についてクラブに調べさせた資料を自室で読みながら、想悟は頭を掻きむしりたくなるほど無性に苛々していた。
守の戸籍情報を食い入るように見つめる。一之瀬は離婚した母親の姓であり、父方の姓は木村。
そして、実の兄は木村勝。この七歳離れた異母兄弟の兄というのは、かつては明皇学園にも勤め、病的なまでに生徒いじめを繰り返していたという体育教師だったのだが──問題はそれだけではなかった。
ある日突然失踪した彼は、三年前、神嶽がこのクラブに堕とし、売られていった奴隷だというではないか。
当然、守の家庭環境の全ても知っている鷲尾達は、これについて聞いてもただニヤニヤとするのみだった。
そういえば、守がこの学園に就職することになったのは、世良学園長に声をかけてもらったからだと言っていた。
生活の困窮を避けたいという理由もあるだろうが、失踪前の兄がいた仕事場とくれば、守も何か手掛かりがないかと食いつくはずだ。
つまりは、世良も初めから彼が木村勝の親族であることを知っていて誘ったのだ。どこまでも悪趣味な男だった。
再びクラブに踊らされている、と痛感した想悟はたまらず傍にあったゴミ箱を蹴り上げた。中身が床に散乱しても、後悔もなければ発散もできなかった。
我ながらどうして守が気になったのだろう。
神嶽と同じようにはなりたくないと思っていたのに、こんなにも早く神嶽と同じ道を辿ることになるとは、運命の悪戯の残酷さに憤慨した。
ひとしきり当たり散らしたところで、怒りの矛先は守へも向く。
だから、心を閉ざしていたのだ。
いつどこで誰に木村勝との続柄がばれるかわからない恐怖を感じていた彼は、少しでも彼との繋がりを示すものから逃れたくて、わがままを言って相手に下の名前で呼ばせていた。
そうやって日々ビクビクと過ごしているくせに、さもこちらを信頼しているような態度をとっていた。
守は、愚鈍なまま堕ちていけばいい。彼にはその方がお似合いだ。
翌朝、想悟は向かいにある守のデスクへ彼の資料と共に脅迫状を仕込んでおいた。
呑気に出勤してきた守は、脅迫者に向けて「おはようございます」と少し眠そうにしながら言った。
ホームルームの準備をしながら、想悟は守の様子を伺う。
差出人のわからぬ封筒が置いてあることに気付いた守が、首を傾げながら中身を取り出す。それに目を通していくと、みるみるうちに顔色が変わった。情けのない困り顔がサッと蒼白になり、震えが止まらなくなる。
「どうしました? 守先生。顔色が悪いようですが」
想悟は白々しく聞く。
「あ、あぁ……いえ……なんでも……な、ぃ……う、うぅっ」
突如降りかかった不幸に具合が悪くなってきたようだ。このまま貧血で保健室行きだろう。
軟弱すぎるのもこれからの凌辱に支障は出るが、ずっと苛々が止まらない想悟からすれば、ざまぁみろ、とさえ思った。
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