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一之瀬守編 6-1 ※体調不良

「まもちん大丈夫か?」  一日の授業が終わり、職員室に向かう為に廊下を歩いていると、心配そうな和真の声が聞こえてきた。  そういえば今日の最後の美術は二年D組だったことを思い出す。  相手が和真だからということもあるが、下の名前で呼ぶよりもさらに砕けた呼び方をされており、相変わらず守は生徒から友人感覚にでも思われているのだなと呆れそうになる。  何かあったのかと単純に疑問に思い、想悟も二人の元に近づいていく。 「どうした財前? それに守先生も……」 「おっ想悟いいところに。なんかさ、さっきの授業中、まもちんずーっと具合悪そうでさ」 「え……?」  思わず守の顔を見る。守は想悟を前にするなり表情を強張らせて、弱々しく俯いている。無関係の生徒の前では優しい教師を装う凌辱者に、恐怖を感じているのは明らかだ。  だが、それにしてはその目はどこか虚ろで、顔も真っ赤だ。吐く息だって荒い。 「う、ううんっ。これくらい大丈夫、だから……ほら、ホームルームもあるし、財前くんはもう行った方がいいよ」 「で、でもさぁ」 「……そうだぞ財前。守先生のことは俺に任せて、お前はちゃんと教室へ戻っているように」 「そっか……想悟がそう言うなら」  和真は腑に落ちないような表情でその場を去った。  二人きりになって、改めて守を見る。まだそれほど気温の高い季節ではないのに、彼はじっとりと大量の汗をかいてシャツを濡らしている。  不審に思って、想悟は守の腕を掴み、手のひらを額に当ててみた。すると、その体温は明らかに尋常ではない熱さだった。 「お、おい、あんた、もしかして……」 「だ、大丈夫です、本当に大丈夫ですから、もう放っておいてください……!」 (今日はこれで最後……もうあんなのは嫌……嫌、嫌、嫌だ嫌だ嫌だああああ!!)  守は想悟の手を振り払うと、パタパタとスリッパを鳴らして駆けて行ってしまった。  言葉とは裏腹に、想悟に対しての嫌悪感はそれはそれは強いものだった。それに、触った際の声の大きさも……。  やはりクラブでの影響は、想悟にも多少なりとも力を増大させるものであったのだろうか。  ──守をクラブで輪姦させてから一日。強く拒絶されることも想像してはいたが、こう明確に避けられると、なんだかモヤモヤとした感情が胸に広がった。  あれから結局、ホームルームが終わる時刻になっても、守は職員室へは戻って来なかった。  その代わりに教員達がバタバタと慌てていて、日誌のチェックをしていた想悟は、外出の準備をして職員室を出るところであった新堂に声を掛ける。 「……何かあったんですか?」 「ああ霧島。それが……一之瀬先生が廊下で倒れていたのを生徒が見つけたらしいのだが、かなりの高熱でな……そのまま病院へ運ばれたそうなんだ。私は今から見舞いへ行って来る」 「そう……なんですか……」  急激な体調不良の原因を、想悟はわかっていた。きっとクラブでの地獄のような時間が、守を精神的に、そして肉体的にも弱らせたのだ。それに、ただ一人信頼していた世良だって悪魔の仲間であることを知った。  もう誰も守を助けてくれる人物はいない。孤独に思い悩み、追い詰められ、肉体が悲鳴を上げても当然かもしれない。  とはいえ、想悟は守の身体に傷をつけたり、証拠が残るようなことはしていない。  人間それほど弱くはない。幼児や高齢者ではあるまいし、発熱だけであるなら安静にしていれば数日中には良くなるだろう。  そうして回復したら、凌辱を続行するまでだ。計算は少し狂ったが、虚弱な守をターゲットに選んだ以上は、おおむね想定内の出来事ではあった。 「そうだ、何ならお前も一緒に行くか? 一之瀬先生とは仲が良いのだろう?」  何も知らない新堂の誘いに、想悟は声を上げて笑いそうになる。  仲が良いだって? 守が聞いたらどう思うだろう。それこそ体調が悪化しそうな言葉だ。 「いえ……俺は遠慮しておきます。守先生のことは心配ですが、気を遣わせて余計に疲れさせてしまっては悪いですからね。新堂先生、守先生にどうぞお大事にとお伝えください」 「……そうか。わかった」  怪訝な表情の新堂を見送って、想悟は学園の仕事に励んでいった。  翌日、想悟が出勤すると、向かいの守のデスクは空席だった。さすがに昨日の今日での出勤は無理に等しいか。教員達も事情を知っているぶん、朝から心配の声が上がっていた。  しかし、一時は三十八度もあった熱もだいぶ下がり、今は自宅で安静にしていると聞いた。だとすれば──これは好機かもしれない。  その日の終業後、想悟は守の自宅アパートに向かった。学園外で会うのはリスクもある為にできればあまり接触はしたくなかったのだが、それもこれも全ては守が体調を崩したせいだ。  クラブの調べで、住所や部屋番号は事前にわかっている。守が今住んでいるのは、学園の最寄駅から私鉄で三十分ほど、駅から近いアパートだった。築年数も古く、狭い為に格安で借りられていて、そこは上京したての大学時代から住んでいるらしい。  携帯の画面に表示された地図を頼りにアパートの下へ着く。  守の部屋は二階だ。カーテンは閉まっているが、その隙間から電気は点いているのが見えるので、起きてはいるようだ。  するとすぐに着信があった。鷲尾だった。 『到着されたようですね』 「な……なんでわかるんだよ……」 『バックレられても困るのでね、あなたには初めからGPSを』 「はぁ!? どこに付けやがった!?」 『それを言っては……。ふふ、では今宵も期待しておりますよ』  それだけ言って鷲尾は電話を切る。手荷物をざっと確認したが、今まで全く気付かなかったのだからわかる訳もない。  何らかの小物に仕込んでいるとか? 私物の携帯自体に不正なソフトウェアをインストールしてあるとか?  クラブのやることは巧妙だ。位置情報どころか監視カメラや録音機能もついてるかもしれない。

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