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一之瀬守編7-1
実際のところは知らないし、興味もないのだが、私生活は何をしているのやら、柳義之という男は幼なじみである蓮見に比べればかなり頻繁にクラブに入り浸っているようだ。
学園に向かう前に上層のスタッフ席のソファーに目をやると、柳が図々しくも横になり、悠長に煙草を吹かしながら片手で携帯を弄っていた。
朝っぱらから何の支度もしようとせず、こんなに呑気にしているのだから、フリーター? ニート? 一応ヤクザなんだから、詐欺グループやフロント企業の社員という可能性もある。
……いや、それにしてもこいつが仕事なんてできたタマか。クラブで趣味と実益を兼ねた行為をして違法な賃金を貰うだけ、乞食同然の無職だな。
そんな緊張感の欠片も感じさせない柳に、想悟は深々とため息をついた。
ああ、やはりこのクラブには社会の害虫のような業人しかいないのだ。自分の味方はいないのだ、と。
しかし柳はと言うと、素人同然の想悟をどうも舎弟か何かができたかのように気に入っているらしく、想悟を見つけるとこちらにおいでと手招きをしてきた。
「おーっす、想ちゃ~ん。その顔、さては寝不足だな」
「そんなの今に始まったことじゃない……。お前らのせいで、ずっと寝不足に決まってんだろ」
「あっそ。そりゃ悪ィな。んじゃあ、深刻な悩みでもあるな?」
「それもさっきと変わらない。こんな状況で悩まない方がどうかしてる」
「チッ、なんだよ……オレ、占い師的なのは向いてねーのかもしれねぇなぁ。やっぱ楽して金稼ぎはできねぇか」
そうからかって、柳はむすっと口を尖らせた。こう短絡的なタイプの人間は、より楽な仕事や人生を選ぼうとする傾向にある。柳も恐らくその種の人間だ。
しかし、今日の想悟はそんな人間としては格下にさえ思わざるを得ない柳にも、不本意ながらアドバイスを貰うつもりであった。
「……あのさ。ちょっと聞きたいんだが……いわゆる……マゾ奴隷って言うのか? そういう風に躾けるには、どうしたら良いのか……と思ってな」
「あぁん? ……はっはーん、さては木村……じゃねぇや、一之瀬守のことだな」
「う……ま、まあ、そういうことだ。世良……さんにも……そう言う風に言われてな」
「そんなん簡単だろ。圧倒的暴力で支配してやりゃいいんだ。三日三晩犯しまくってヒィヒィよがらせてやれば、そのうち自分から犯してくださいって泣きついてくるようになるぜ」
「あのなぁ、それって絶対お前の趣味だろ」
「へへっ、ばれちった」
なんて適当なのか。こいつに相談したのが間違いだったのだろうか。人を馬鹿にするように笑う柳に、想悟は呆れてものが言えない。
大きくため息をついて肩を落としてみせると、柳はにやけ顏を正してほんの少し真面目な顔つきにする。
想悟の肩を抱き寄せ、耳元で囁いてくる声音も、普段のものより一段と低い。
「……っつーのは半分冗談なんだけどな。コレが通用するのはその場凌ぎの人間をブッ壊す時だけだ。注文の多い会員共の為にそいつが元々持ってる淫乱な気質を引き出すには、そうだな……やっぱり飴も必要ってな。相手の一番嫌がることをして追い詰めてやりながら、喜ぶことをしてうまく逃げ場所を作ってやるんだよ」
「な、なんだよ。もっともらしいことも言えるんじゃないか」
「だろ? オレはオレなりに神嶽さんのやり方を研究したつもりだし、これはそこで行き着いた究極の答えってワケ」
「出た……また神嶽かよ……」
クラブの人間はどいつもこいつも神嶽の名を出してくる。彼はそこまで皆に影響を与えた男なのだろうか。想悟はほとほとうんざりしてくる。
「それはそうと、想ちゃんが今調教してんのって正真正銘あの木村勝の弟なんだよな。オレ、あいつの顔と身体が結構好みだったんだよな」
「過去形なのか」
「おうよ、オレって常に未来を生きてる男だから。使い古した奴隷なんぞに興味はねぇんだわ。そ、こ、で、だ」
柳がニッと歯を出して笑った。
守の調教に協力する代わりに、守の肉体を味わわせてほしい。それが柳の提案だった。見た目通りというか、なんとも己の欲求に忠実な男だ。
「わかったよ。なら次は俺の質問に答えろ。……その勝が今どうしているか、知らないか」
しかしその質問をした直後、柳は急に緊張したように黙り込んでしまった。わかりやすすぎるくらいに、ひっきりなしに目が泳ぐ。
「あー……まだそのタイミングじゃあないと思うぜ」
軽口の柳でも核心は話したがらないとは意外だった。
(さ、さすがのオレでも話せば殺される殺される殺される殺される殺される殺される)
殺される……とは、ずいぶんだ。いったい誰に、何の為に。考えても仕方がないことだが、気にならない訳がない。
けれど、今はそのタイミングとやらを待つ他ないか。なんとも焦れったいが守に集中しよう。
「じ、じゃあ、想ちゃんいってら」
「ああ。……ってお前は」
「オレ様は自由で快適な生活を送りたいんだよ。クラブも多少は規律や秩序なんてモンはあるが、表よりこっちのがよっぽどマシ」
子供がそのまま歳を重ねたみたいな奴だ……。たぶん柳は表の世界で仕事なんてしない方が良い。余計な被害者が増える。
根本的に間違っている気がするが、柳に進路相談をしたからこそ、将来のビジョンが見えていない生徒がいた場合の様々な選択肢を考慮しながらその日は出勤した。
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