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一之瀬守編8-1 ※羞恥

 夏場に差し掛かったが、数日間は長袖のシャツを着ていた守は、周りには「また風邪気味で……」などと苦しい言い訳をしていた。縄の痕がまだ完全には消えていないのだと、想悟だけはすぐにわかった。  彼は確実に弱ってきているはずだ。だが、そんな荒んだ心を癒しているものは、職業にもしている“絵を描くこと”だった。  放課後になると、守はいつも美術室にこもって絵を描いている。  それは近々開催されるコンクール用に制作しているもので、家で描くよりも生徒達との交流などで新しい刺激を受けながらの方が筆の進みが良いという理由で、時間を見つけては学園で描くことを選んでいたのだった。  そもそも、人より体力の少ない守では帰宅してからでは意欲が出にくいという理由もあるのだろうが。  想悟がその様子を廊下からそっと覗くと、イーゼルに立てかけたキャンバスに、時折悩むような仕草を見せながらも、確実に完成へ向けて絵の具を塗り込めていった。  絵に向き合っている時の守は、いつでものほほんと平和ボケした表情を浮かべている彼とは違い、キリリとした男らしささえ感じる顔をしている。それだけで彼の絵に対する情熱が見て取れるようだ。  守の性格が表れているかのような、細やかな油彩画。しかしそこに描かれた人物は、まるで動き出しそうな温かみもあるような気がする。  彼は大学時代、正に油彩画を専攻していたらしく、ぱっと見ただけでは写真と見間違う迫力とリアリティがあった。  過去に見せてもらったデッサンだけでも十分に彼の画力を垣間見ることができたが、そこに色が付くと想悟もお世辞抜きで見惚れるほどの美しさだ。  現代のように写真の技術がなかった頃は、こうした写実的な作風の画家がいたからこそ今にその時代背景を伝えている。想悟が授業で扱う偉人の姿だってそうだ。  絵の中の黒髪の素晴らしいドレスを着た高貴そうな女性が、どこかで見たことのある人物であるような錯覚さえ起きて、胸がドキドキと高鳴った。  是非とも俺も描いてほしいな。もし自分が中世の偉人なら専属の画家にしてることだろう。……なんて、彼にとっては皮肉すぎる感想すら抱く。 「すごく良い絵だ」  見惚れるあまり思わず口に出していたものだから、想悟に気付いた守が慌てた様子で振り返った。ばれてしまっては仕方ないので、想悟も守の元へ歩み寄っていく。 「き……霧島先生……」 「……これ、あんたの渾身の作品、ってやつか。いくら学園長のコネがあったと言っても、さすがは明皇の美術教師だ。実力は伊達じゃないな」 「えっ? あ……それは……あ、ありがとうございます……」  脅迫者にそのような褒め言葉を貰っても、嫌味としか受け取れないかと思いきや、守は少し照れたように俯いた。つくづく流されやすい人間である。  アートの知識があまりない想悟には、現時点でもう十分完成で良いように見える。が、まだせっせと色を置いているということは、本人としては気になる点があるのだろう。といっても、この調子では今日中には終わるかもしれない。 「これ……あとはなにが足りないんだ? 完成品とどこが違うんだろう」 「……は、はい。細かな陰影やハイライトを足して、より立体感を出すんです。例えば、光源がここにあると考えれば、こんな風に服の皺なんかが影になるはず……でしょう? こうすると、絵に深みが出て、もっと生き生きとして見えるんです」 (あとほんの少しで完成だから、ゆっくり続きを描こうと思ったのに……何の用なんだろう……やっぱり、ま、また……)  趣味に没頭したい守にとって今の想悟は明らかに邪魔者だ。しかしわざわざこうして会いに来ることが、凌辱の時間を意味しているとは、さすがに鈍い守でも学習したか。  教師らしく身振り手振りで教えてくれはするが、その心は不安でいっぱいだ。 「……なるほどな。それじゃ、今ここで完成させないか」  そう提案すると、想悟は椅子を持ってきて、守の背に抱き着くようにして座った。  改めて触ってみると、自分よりも小柄な体格の守の身体は妙にフィットするようで、はっきり言って心地良かった。  柔らかい髪に鼻を寄せてみると、どうしてかとても成人を過ぎているとは思えない赤ん坊のような甘い香りがする。同じ男なのに全然臭くはない。むしろずっと嗅いでいたいくらいだ。  いきなり恋人同士のごとく距離を縮められて、守は困惑を隠し切れない。 「え……? あ、あの……そんなに……密着されたら……描きにくい……んですが……」 「まあいいから。黙って続き描けよ」 「そんなこと言われても……あ……ちょっと! 待ってくださいっ!」  想悟は守のズボンを緩め、下着を掻き分けて萎えた陰茎を露わにする。ただでさえ泣きそうになっていた守の表情が歪んだ。 「うわぁっ………! な、何するんですかっ!」 (霧島先生……今日は何をする気……ひっ……怖いっ……) 「俺もあんたを手伝ってやろうと思ってさ。あんたが少しでもその絵を描きやすいように、リラックスさせてやるよ。芸術家はそうじゃないとな」  自分で言いながら、今の守は酷く滑稽な姿をしているなと想悟は思う。  まだ夜も更けない教室の中で、大切に描いてきている作品の前で、こんな風に性器をさらされるだなんて。それも目の前にあるのは人物画なのだから、リアルに描かれた瞳がなんだかこちらを見ている気さえする。羞恥もなおさらだろう。  守は腰をよじって逃れようとするが、後ろから無言の威圧で逃すまいとする。  それでも想悟を力づくで跳ね除けるということはしないのだから、そんなところも守らしいというものだろう。

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